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 数字を覚えるボケ防止

 覚える数字は何でもいい
自分の好きな事でいいんだろう

 アッシの場合はやはり歴史
 794  うぐいす 平安京
1192 つくろう 鎌倉幕府
我が車  5897(御飯食うな)で ダイエット

 そこで戦後70年にあやかって
様々な○○周年 パート2

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 低気圧が北海道沖で急速に発達して
西高東低の冬型の気圧配置に戻って

 北海道は大雪、日本海側の明日は大荒れの予報

 ここ何日かは、気温高め、陽射し有  という
山形の2月にはありえないような日々を過ごし
朝、昼の散歩にも、室内用の革靴のままで
雪の解けた遊歩道を歩き回れたのではあるが
明日は、そうはいかないんだろうな~

 代表質問も一般質問も、
自分の所属課に関係する案件はなく
予算特別委員会においても
今のところお尋ねは無さそうである

 降ってわいたような空白の期間とでも言おうか

 でもな、油断大敵なんだよな

 心配性は、何か足元に
大きな落とし穴が待っているような気もする

 間もなく3月 異動の季節がやってくる

 そもそも、自分の所属が来年度もあるのだろうか?

 5年前、一年で無くなってしまった課に所属した
経験を持つ者としては、それもまた心配ではある

 その日は、20日くらい後にやってくるわけだが

なるようになるさ、

なったら、なったときに考えよう
 

 1933年生まれの今上天皇は
那須に疎開の経験があり
戦争を経験されている
 去年81歳のお誕生日の会見で
15年戦争という言い方をされた

戦後70年の今年、パラオに慰霊の予定があるとのこと

 1931年の満州事変から
1945年の太平洋戦争の終わりまでを一連の戦争と考えれば
日中は、足掛け15年戦争していたということになる
15年戦争の最後の4年間は
米英が、ハッキリと中華民国に肩入れして
結果、日本が敗れた戦いともいえるのではないか

 ここで忘れてならないのは、戦勝国は中華民国であって
中華人民共和国(建国は、国共内戦に勝利した1949年)
ではなかったということである

 同様に、大韓民国も朝鮮民主主義人民共和国も
1945年9月2日、大日本帝国が降伏文書に調印して
公式に降伏した時点において、この世に存在していなかった
国がなかったのである
 つまり、この3国は、戦勝国ではないのである
(これが、正しい歴史認識だとアッシは思うが)

 日本の側から見れば、
当初の政府の戦闘不拡大方針は軍部に何度も覆されて
次々と戦線は拡大し、軍費も拡大の一途を辿る

 中国の側から見れば、
中華民国政府の支配地域の中に
共産党の支配地域が混在し
また、小軍閥が各地に割拠していた時期を経て
国民党による北伐や1928年の張作霖爆殺後
息子の張学良による1936年12月の西安事件を
契機にした国共合作後は
抗日戦線を結成し、中華民国(国民党)政府は
首都南京陥落後も、長江中流域の重慶に拠点を移し、
インド、ビルマ経由でイギリスやアメリカから物資を輸送されながら
共産党は、外蒙古(モンゴル)経由の
北方ルートからソ連からの補給を受けながら
抗日戦を戦った

 もっとも早く中国に進出していたイギリスは
中国の陶磁器や絹製品などの輸入する一方で
中国には売るものがないイギリスにとっては
対清国との巨大な貿易赤字に苦しみ
やがて、インドやビルマで栽培したアヘンを売って、
貿易黒字に転換し、中国の銀を獲得していくのだ
アヘン戦争による香港島と九龍半島の割譲
新界の租借(1899年から99年間、1997年に香港島等とともに返還)
長江流域に広がった既得権益の維持に汲々としていたわけだ

 フランスは、仏印に陸続きの広州などに権益を持ち
ドイツは青島を拠点に山東半島に権益を持っていたが
第一次世界大戦で海外の拠点をほぼ失った

中国大陸進出に出遅れたアメリカは、1922年
出遅れた自国の利益にとって必要なスローガンである
門戸開放、機会均等、平等互恵を三原則として打ち出した
 これらは全て、アメリカにとっての
門戸開放、機会均等、平等互恵という意味であることは論を待たない

 
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ヤナセのメルセデスベンツのCMに
日本には24の季節があります
なんていうのがあるが

立春の次は雨水
24節季が山形にはピント来ない季節感だったのだが
今年は、ちょっと違う

雨水の初日の小川の水音は、なんとなく柔らかく
トロトロと流れているような水音で、
池の水も温んできたのかと思わせた

池一面に張っていた氷も面積が大分小さくなって
底が見えるような場所もある

 三週間は前倒しの春の足音か?
最高気温も、連日5度以上の日が続いている

 昨日の日曜日はいい天気だった

 娘の卒業記念写真を撮りに写真館へ
化粧、髪結い、着付け、撮影終了まで
凡そ二時間

 母親は付き添い、父親はじっと準備が整うのを待つばかりである

 写真館の待合に設置されているテレビで東京マラソンを
漫然と眺めている

 成人式の時には、山形に帰ってこなかった娘も
母親の熱意に負けて、渋々、撮影とあいなった

 春が来れば、学生生活も終わる
いよいよ、社会人である

 本人は一人前のつもりだろうが
車や実印などの準備 引っ越しの手配も含め
まだまだ、手がかかる

 祭政一致といおうか
政教分離といおうか

 信教の自由を標ぼうしたかぎりは
個人の信仰上の内心にはたちいらない

 そんな政治スタイルが定着するまでには
かなりの時間を要したわけで
未だに定着したとは言いがたい側面もあるわけで

 土着の信仰がそのまま残っているところも
沢山ある

 歴史を学べば王権神授説が出てきたり
王は神であったり
 殺しておきながら、祟りが怖いので
祭るなんていうのもあるな

 大国主命も、饒速日、瓊瓊杵尊も
 日本の神々は、人であったという

 ま、ちょっと脱線してしまったが

自分に信仰心があるか?
と問われれば、?がつくんだろうな

 家の長男として、墓守としての自覚は
有るには有るのだが
片親一人見送ったくらいでは、
悟りを開くには至らない

 神の名において、王のなにおいてなされてきた
残虐な事柄の数々を、ここで一一あげつらう気はないが

 また一週間が過ぎて、またまた週末

 午後10時過ぎ、雪、降りやまず

 明日も、朝も早うから、雪片し&ゴミ出しから始まるんだろうな
 

 インドのゴール朝の影響下
東南アジアにイスラム教が浸透するのは
12世紀から13世紀

 マラッカ王国(マレーシア)や
多くの島々の各王国(インドネシア)が
イスラム教徒の多い国になったのは
この時代にその背景がある
 ジャワ島のヒンズー教王国は、
イスラム系の王国に滅ぼされて
バリ島へと逃れた

 インドネシアの人口は2億6千万人
やがて、20年もすればアメリカ合衆国の人口を抜くのではないか?

 東は、インドネシアから、西は、モロッコまで
人口16億人のイスラム教徒が多数を占める国々なのだ

 15世紀まで、科学・文物における中世の暗黒にあったヨーロッパ世界に
イスラム世界は優位にたっていたといえる
 英語にもアラビア起源の言葉が多数ある
 アルコール、アルゼブラなどALで始まる言葉は
アラビア(イスラム)起源である

 ルネッサンスの時期を経て、ヨーロッパは
アラブ世界に追いつき対抗出来るようになっていく

 政治においては、オーストリア帝国が
バルカン半島から北上する
オスマントルコの侵攻を食い止め
アラゴン王国のフェルジナンドと
カスティリア王国のイサベラが結婚したスペインが、
1492年、グラナダを陥落させ
イベリア半島からイスラム勢力を追い出す
(コロンブスの地理上の発見もこの年である)

 経済的には、大航海時代を経て、
アラブ世界を通る陸上商路・海上航路を使わないで
アジア(特に中国・インド)との交易が可能となって
中継貿易に莫大な利益を得ていたアラブ世界に打撃を与える

 16世紀 東アジアには、明が余命を保ち、
 インドでは、バーブルのムガール帝国が勃興
中東には、チムールに一度壊滅されたオスマントルコが
再び、盛り返して隆盛の時期を迎えつつあった

 17世紀 中国には清が勃興し、1636年明を滅ぼし
 中華全体を支配下に置いて隆盛の時期を迎え
 インドのムガール帝国、中東にはオスマントルコが
斜陽化しながらも広大な領土を保持していた

 18世紀後半から19世紀にかけて、
欧州の列強によるアジア支配が本格化することになる
 
 1840年 アヘン戦争 イギリスVS清
 1842年 アロー号戦争 フランスVS清
 1877年 インドの英国支配(ビクトリア女王によるインド帝国帝位即位)

 世界の歴史を習い始めれば
粘土板やパピルスなど
文書に書かれた歴史が展開する世界は
今の土地でいえば、
ギリシャやトルコ、キプロス、レバノン
シリア、イラク、イラン、ヨルダン、サウジアラビア、
エジプト、スーダン、エリトリア、エチオピアなどの
中近東やアフリカの国々のエリアを範囲とする歴史なのであるが

ローマの勃興から帝国へと移行するに従って
習う歴史は、ヨーロッパ中心の歴史になってしまう

 キリスト教が、迫害されながらも
ローマ帝国の国教となるのは
ゴート族などの遊牧民の民族大移動の余波で
帝国そのものが崩壊する直前だった

 エルサレムは、ユダヤ、キリスト、イスラム
三つの宗教の聖地である

 砂漠に生まれた一神教は
神を、ヤーベといい、ゴッドといい、
救い主をメシアといい
予言者をムハンマドといい

 イスラム教が世界に広まるきっかけは
ムハンマドの軍勢が、622年ササン朝ペルシャを滅ぼし
エジプト、アフガンやパキスタンを含む中央アジアや、
ベルベル人の多く住むリビアやチュニジアなど
北アフリカに勢力を伸ばし始めてからだった
 11世紀、キリスト教国による十字軍の遠征を撃退した後
12世紀以降、改宗を強制せず、
帰依するものを拒まなかった宗旨が
やがてオスマントルコによってバルカン半島や、
グラナダ王国のイベリア半島にまで拡がっていくことになる


 始めたものは終わらせなければならぬ

 戦争の終わり方は、何通りかある

 無条件降伏→太平洋戦争

 休戦から条件付降伏

 休戦から講和→戦勝国と敗戦国の場合もあるし
それがハッキリしないような場合もある

 明治以降、国際舞台に引きずり出された日本が戦った戦争

 日清戦争 
 日本は、戦勝国として賠償金を獲得、
台湾・遼東半島を割譲させるも
露・仏・独の三国干渉によって、遼東半島は返還

 日露戦争 これが、戦勝国とも敗戦国とも言えないような
 休戦→講和→アメリカのポーツマスで講和条約締結のケース

なぜなら、戦場は、清国という他国の領土内で行われたこと
当時の日本の国力から、継戦が不可能だったこと

 南満州鉄道の利権や、遼東半島、
北緯50度線以南の南樺太を割譲させたものの
もともと、日清戦争の戦利の地帯と
日露の雑居地だったことから
ロシアにとっての割譲の事実としては意味が薄い

日本国民の最大の不満は、欧州では常識の
賠償金が支払われなかったこと

アメリカが第三者として仲介の労をとって講和に漕ぎつけたわけだ

スイスは永世中立であり独自の地位を保ってきた

第二次世界大戦で、英独どちらにも組せず、スペインは中立だった
フランコは、独伊の援助で政権を握ったにもかかわらず

中立国や第三者がいなければ、
講和の糸口もつかめないわけで
始めた喧嘩を終わらせるには
白か黒かではない、
どちらにも属さない立場が必要なのだ

 

 引き据えられた二人の日本人

 加工されたと思われる映像は
二人が、同じ時刻に、同じ場所に
いたということを証明するものでもない

 そのなかで、アッシの違和感は
後藤健二さんと思しき人物が
しきりに、瞬きしていたことだった

 今日、瞬きは、モールス信号に
置換できる、自分を助けるな
という信号だったという記事を読んで
愕然とした

 もう一つ、身代金を用意することも
ISと交渉するつもりもなかったという
政府の姿勢を、官房長官が
記者会見で述べていたという記事を読んだこと

 だったら、政府は、はなから、人質を
救う気がなかったという事なのか?

 政府も、瞬き信号の意味を
解釈していたということなのか?
 
 イラク北部、シリア東北部に勢力を伸ばしたISは、
国家の要素を備えつつあるのかも知れないが
彼らが、浸透していく背景に目を向けるためにも
現地の情報が必要なのだと思う

 人質に取られ、交渉の材料にされ、
殺されるような状況となってしまった今では
出来ない相談なんだろうけれども

 仙台出身の後藤健二さんの死に
哀悼の意を

そして、紛争地域だけではない
東日本大震災の被災地における
これまでの活動を含めた
彼の願いを込めた活動に
あらためて、敬意を表します
  


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