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 嬉しくなって今日二つ目の記事を

 アディショナルタイムの後半47分
コーナーキックを得たモンテ山形
最後の攻撃チャンスに
引き分けでは次に行けない
モンテベンチは当然パワープレーを選択

 GK山岸がゴール前へ

 ニアに上がったコーナーキックに合わせて
山岸が、会心の決勝点をもぎ取った

 今季、これまで、何度も煮え湯を飲まされた
アディショナルタイムでの決勝点だった

 つながった、次につながった
J1昇格をかけて、12月7日の日曜日

 さあ、ジェフ千葉と決戦だ~
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 那覇空港では現地スタッフがお出迎え
バスガイドは金城さん、どうみても二児の母には見えない
運転手さんは赤嶺さん こちらはベテランドライバーという感じ
 金城といい、赤嶺という沖縄では多い名字のお二方に
まる一日お世話になる。

 空港から走ること30分程で
牛島満中将が自決した海軍司令部壕へ
訪問時間は、今回の旅は、
何処も30分程度の時間しかなかった

 じっくり見てみたい場所ばかりであるが
メインは「山形の塔慰霊祭」 
公式行事の主催者の一人として公務優先であり
じっくり、しっかり見学は、自費でまた来る日までである

 さて、記念館の展示物をみながら、地下壕跡へ
弾痕生々しさが薄れているとはいえ、迫りくるものがある

 次は、首里城へ
 

 11月26日(水)
  就職関連で一時帰省していた娘に送ってもらって職場へ
荷物抱えて入室すれば、如何にも旅に出るぞといういでたちなのではあるが
朝一で部長レクチャー 16時過ぎから行われるNO1レクのための最終打ち合わせ

 先週金曜日のレクで指示されていた修正版のチェックに約40分
3日置いたら気分もかわるのか、あれやこれやと修正指示が出て
出発時間が迫る中、後は補佐にまかせて退出

 護国神社の駐車場で集合した慰霊団の皆さんと
北口バス停前で合流  冷たい雨が降っている
 後で聞けば、夕方には今冬の初雪になったのだとか

 今回の旅は、山形の塔での慰霊祭がメイン行事
県主催であり、バスの中で、課長挨拶なんかをするわけで

 山形からの沖縄行きといえば仙台から那覇へということで
山形道、仙台南部道路、東部道路と経由して仙台空港に10時30分到着

 大震災から3年半、2011年7月以来の仙台空港である
あの時は、周辺の田んぼは泥だらけだった、
高速道路もいたるところひび割れしていた

ドブ臭さも消えた空港周辺 仮説のトイレも無くなり、空港線も復旧した
途中の敷地に山と積まれていた、被災車も見当たらなくなっていた 

 待合室で早めの昼食弁当をとり搭乗手続き即案内という感じで
11時40分離陸 那覇空港には14時55分定刻着陸

 旧海軍司令部壕に15時30分過ぎに到着

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海軍戦没者慰霊之塔の文字は野村吉三郎謹書となっている
海軍大将、日米開戦時の駐米大使でもある
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今日、沖縄から帰ってきた

 明日から、慰霊の旅Ⅱ を書くことに

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 生まれて初めて沖縄に来たわけだが
「平和の礎」に行けただけでも良かった

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 首里城から望んだ夕陽

11月13日(木)
 公式行事は全て終了、いよいよ帰国の途につく
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 それでも、インドネシア国内線、国際線の乗り継ぎで
24時間の旅、機中で夜を過ごすことになる

 朝食を朝、6時過ぎにとって、荷物をまとめ
陽射しの強くなってきた7時過ぎ
 ホテルの庭を歩いてみる

 慰霊団の参加者の方と記念撮影など、
撮影者になったり、撮られるほうになったり
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 8時15分過ぎ、ロビーで一服しながら集合時間までを過ごす
皆さん、山形時間ではなく、5分前、10分前行動で
この日程を過ごされており、最終日のホテルでも
8時30分までには全員集合

 ビアク空港からスラウェシ島のマカッサル空港へ

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11月12日(水)
 午前中の西洞窟陣地跡への慰霊にて

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 うち捨てられた錆びついた武器の数々を
集めて展示している、飛行機の残骸もあった
鋳つぶして他のものに転用することもなく

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 日本軍が使っていた、薬瓶、食器、一升瓶、ビール瓶(キリン)、飯盒などもあった

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 爆撃で空いた大きな穴から光が漏れてくる

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 灯りは、蝋燭の火、この撮影の後、線香とタバコを供えた

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ビアク島の滞在は一泊二日で、
実質まる一日だったわけだが
前半は、重苦しく、後半は、それまでとは
うってかわって少しく穏やかな感じで過ごせた

それでも、就寝前から風邪気味で
ルル3錠を二回

喉の痛みに午前4時過ぎに目覚めて、
水分補給、眠れないので仕方なくパッキング開始も
公用携帯が見当たらない
荷物を全部ひっくり返しても見当たらない

起床時間になってから同行の添乗員に電話してもらったら、
なんと、スーツケースの中で、鳴っているではないか

前日はいていたズボンの左後ろポケットの中に
ボタンを留めたうえでしっかり収納されていたのだが
なにせ、携帯は電話は薄い、生地の厚さに隠れて、
ブラインドサイドになって見えなかったのだ

一瞬焦ったわけだが、勘違いで事なきをえる
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 米軍の上陸地点 珊瑚礁の遠浅の海 ただただ美しい海岸である

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沖合に停泊する船 水深が深い場所はこの辺まで
あとは、上陸用舟艇が無ければ上陸はできない
そんな場所であることがわかる

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11月12日(水)
 マッカーサーのフィリピン奪回の
次の拠点となったのは,、ビアク島
 
 山形県の置賜地方とほぼ同じ広さのある諸島最大の島は
石灰岩質で、いたるところに鍾乳洞がある島

 入り口は狭く中は広い洞窟に陣地を構えた日本軍
そこに、一か月以上連続した空襲による爆撃で大穴を開けて
火のついたガソリンドラム缶攻撃を行った米軍
現地の住民や兵士も多数戦死した場所でもある

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パナイ村にある三国慰霊碑

米軍が最初に上陸を敢行した場所に建っている

ここで、略式の追悼式を行った
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 サルミでの二か所の慰霊が終わって
ジャヤプラに戻ったのが午後2時前

 センタニ湖畔のレストランで昼食を取って
マッカーサーヒルへ

 ここは、現在も軍隊が駐屯し、その家族も住んでいる所
入場ゲートで、パスポートの写しを全員分提示して入場許可を貰って入場

指定場所以外は撮影禁止の場所でもある

ゲートから5分程、ヒルトップの展望台に到着
記念の建物の中に展示されていた写真から
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ホランジア(ジャヤプラ)に上陸したD・マッカーサー

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 11月11日(火)
 早朝4時起床、ジャヤプラのホテルは、海沿いのスイスベルホテル
サルミへの移動開始は5時30分、ロビー集合

 5時に朝食をとるも、コーヒーもそこそこに
出発の準備、お供え物のワンカップ初孫、両切りタバコ、線香
追悼式の次第書、あれやこれやを取り揃えて10分前に待ち合わせ場所へ

 センタニ空港まではバスで45分、早朝なので市内は混まないが
六時半を過ぎるとノロノロの状態に

 ローカル路線とは言え、センタニ空港は発着便も多く混雑している
16人乗りの双発レシプロは定刻の7時半に出発
一時間10分程の飛行でサルミへ
機内では軽食サービスがあって、少し空腹を覚えた身に有りがたい

 空港での歓迎行事、平和友好の碑での追悼式典、
そして国の慰霊碑での慰霊巡拝の後、小学校訪問と
午前中の日程は、順調に進んでいった

 国の設置した慰霊碑は、
この付け根の左(西端)にひっそりと佇んでいた
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西部ニューギニアといい
東部ニューギニアという

ニューギニア島の面積は、日本の国土の約2倍

なんで、戦没者のエリアを分けているのか?

島は、第一次大戦までの植民地時代、3分割統治されていた

西部ニューギニアはオランダ領(日本では蘭印と略称)
東部ニューギニアは独国と英国とで南北で分割統治されていた
第一次大戦後、独国の太平洋にあった植民地は分割され
豪州独立で英領は、豪州に、独国領は豪州の信託統治地域になっていたもの


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 11月10日(月)

 ジャヤプラ(ホランジア)、サルミ、ビアク

米軍の司令官D・マッカーサーの
フィリッピン奪回のための飛び石作戦の道を

西部ニューギニアの激戦の地を順番に辿る今回の旅

  成田からデンパサールに7時間の飛行で夕刻到着
夕食と、休憩のため市内のアストントウバンホテルへ

  深夜0時20分にホテルをチェックアウト
デンパサールの郊外にある空港を経って、国内線で7時間の旅
途中、島南岸にあるティミカで給油のため降機
一時間半ほどの待合時間があった

銅山で動く大型重機のタイヤが飾ってある
ところが、建物の外に出てしまったため
再度荷物チェックの羽目に

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パプア州に移動した初日、州都ジャヤプラでは、
函館市ニューギニア会の碑へ

昭和56年12月7日に設置された碑
歌が三首

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上陸地点の一つと思われる海辺へ
水深がある程度ある湾になっている

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 15時10分 自宅に無事、帰還しました

 山のような洗濯物を洗濯機にぶち込んで
荷物、片して、ようやく一息

 一服しながら、なんとか、パソコンスイッチオン

 書ける事も、書けない事も、山ほどある一週間だった 

 でも、とにかく、物凄く眠い、
ということで、おやすみなさい

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 仕事の多忙にかまけて、予備知識も少ない中での旅となるのちと辛い

 旅自体が仕事であるにも関わらず、そちら方面のお勉強が疎かになっていた訳で

 頭に詰め込む作業は今夜のみ

 う~む、イカン、イカン、イカンノダゾ

 で、最後の準備は、母の食材の買い出し&新品Yシャツの購入

 コナカのちょっと愛嬌のある上手な売り子さんが今日は出番だったようで
しっかり、ネクタイ付きで3点セット3900円(税抜き)を買わされてしまった

 一応、新規購入の予算は、10000円位と決めていて
薬3500円、服装4200円、本が1800円、供物用タバコ630円、酒200円

 ま、ニアピンでしょうな。

 現地費用は、20000円もあれば十分とのこと

 単位が二桁違うそうなので、実勢としては20万円位使うような感じかな?

 7年前のベトナムでは、20000円をドンとドルに両替して十分だったが、
去年のベトナムでは、30000円でも、ちと足りんという感じだった。

 前泊の日本滞在中の方が、お金使ったりしてな

 さあ、いざ、インドネシア共和国パプア州へ
慰霊の旅の始まりである

 今日、職場に定期購読の本が届いた
将棋世界最新号 付録も読まないで
旅の途中に読むことにする

付録も頭の体操に使おうか

ミニチュア版の将棋セットもスタンバイ
城山三郎の戦記物の本三冊

もう一つ大事なもの

それは、マラリヤの予防薬

今日から6週間に渡って
一週おきに一錠づつ飲むこととなるのだが
注意書きが凄い

なにがって、副作用が半端ではないのだ

車も運転しない方がいいだなんて、
そんな状態では仕事になるんかな?

では、飲もうか

ごくり  副作用が出るかどうかは
これからの話である

次に飲むのは、メインの業務が終了した後の11日
これまた、夕食後の満腹時に飲むんだろうな



菊花賞、天皇賞と秋2戦は連敗

どちらも、夏から秋にかけて
成長を示した馬に軍配があがった

先週の菊花賞 優勝したのはトーホージャッカル
デビューから149日でG1制覇の偉業は
コース&レースレコードのおまけつき

未勝利、500万を勝ってトライアルの
神戸新聞杯で好走、3着確保で出走権をゲット
ゴール前も猛然と追い込んでおり、
距離が延びてさらに良さそうな一頭だった

上昇気流に乗った成長力でダービー馬をねじ伏せた

2400mに距離が延びてからの神戸新聞杯の結果は
菊花賞の結果に素直に反映するようでもある

今日の天皇賞 スピルバーグが優勝
こちらも、OP勝はあるものの毎日王冠は3着
1分45秒台の走りで僅差の負け、
タイムが良かったし、進路が狭くなる不利もあった
初重賞勝がG1というのも、ある意味、凄いこと
フェノーメノと同じ5歳、マイルから2000mで
ブレークするかもな


 まだまだ先のことだと思っていたのだが
来週末に迫った海外出張に向けて
今日から、本格的に準備を始めた

 持ち物リストを作り、無いものは
買い出しに行くことにした、この三連休

 今日は、薬、常備薬の補充にカワチへ

 正露丸、Vロート(目薬)、ルル(風邪薬)
供物用のお線香と酒

 登山用備品からは、細引き、洗剤
カットバン、ヘッドランプと予備の電池
ビニール袋、歯ブラシセット

 旅行カバンは先月買っておいたが
本日、初開封
早速、カギを取り出して、二つに分ける
一個はキーホルダーにつけて持参
一個はカバンの中へ再度収納

シャツ、パンツ、Tシャツ、ポロシャツ、
短パン、タオル、バスタオル、ハンガーと詰め込んで

 後は、クリーニングに出した略礼服と新品のYシャツを
納めれば9割方パッキング完了となる。

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