FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST


Recent entries
2019/02/15 (Fri) 還暦
2018/08/19 (Sun) 熱闘甲子園
2018/08/06 (Mon) 豪雨被害
2017/06/04 (Sun) 安田記念の2
2017/06/03 (Sat) 安田記念


 今回の五輪で、何時間もライブで見ていたのは
距離を速さで競う、クロスカントリースキーだった
 
 日本選手の活躍も期待できないし
あまり見ようとは思わなかった

 こんなにも面白いものだとは

なんの心境の変化か?

 特に、最終日の男子50KM

ロシアが表彰台を独占したが
 トップから三位まで一秒差以内の大激戦

 マラソンよりも長い距離を
走り回っての僅か一秒差、

 最後の直線の叩き合いもさることながら
先頭交代しながらの途中の駆け引き、

 息使いや上腕の撓り、下半身の躍動

登りでの力強いストックワークや、スケーティング
時速70KMを超えるスピードで
駆け降りる時のスキー操作

 コーナリングでの接触や転倒のシーンにも
自然と力が入って見入っていた

 これからも、注目して見ていきたいと思う
 
スポンサーサイト




 メダルが期待された日本のスピードスケートは
昨日の女子団体パシュートをもって全日程が終了した

 結果は、男子500mで加藤と長島が入賞
女子500mで小平が五位入賞
女子団体パシュートで四位入賞
 金メダルや表彰台を期待された競技は
期待外れで終わり、全部入賞だった

 標高の低い、気温の高い開催地での競技
室温が高く氷が柔らかい、
オランダの会社が製氷を行ったからオランダ勢が強かった
(男女合わせて23個のメダル獲得)などなど
 いろんなことが言われているが、オランダの強さの分析
日本の成績不振の分析をしなければ
長い、長い、低迷期への入り口に
入ってしまうのではないかと危惧している


 期待された女子団体パシュートも
準決勝、三位決定戦ともに完敗だった

 前回は、小平・穂積・田畑の三人で
あわや金メダルという快走で惜しくも銀メダルだったが
1500mで入賞できるくらいの
上位で走れる三人がいなければダメなんだな、きっと

 日本の男子にいたっては出場権すらないわけで
中長距離の強化が必要なんだろう。

 ニュースをあまり見ない二週間が今日で終わる

 間もなく三月だな

 

 スノーボードのパラレル大回転で
竹内智香選手が第二位

 フリースタイルスキーのハーフパイプで
小野塚彩那選手が第三位

 ソチ五輪から種目となった競技の
第一回メダリストとなった

 小野塚選手のメダル獲得で8個目
海外開催の五輪で最多獲得数となった

 スノボもフリースタイルスキーも
それぞれの競技のW杯を転戦するなか
竹内選手も、小野塚選手も
表彰台にも上がったことのある実力者ではあったが
日本の大マスコミにとってのマイナースポーツは
活躍しても、あまり陽が当たらない

 今後のためにも、五輪での活躍が必要だった

 取り上げる方も、五輪偏重から脱却してもらいたい

 いろんな気象条件の下で行われている
長い長いシーズンにおける
総合チャンピオンや上位入賞の価値を
もっと、もっと認めてもらいたい

そんなふうに思うようになった、昨日・今日だった

 

 
 

 思考停止になってしまう言葉がいくつもある

 〇〇改革、自由貿易、規制緩和、

 百年に一度とか、千年に一度とか

 「想定外」という言葉もそうかもしれない

 想定外と言っておけば、やむを得ない、仕方ない、しょうがない
と思ってしまい、それ以上の思索の突込みが無くなってしまう

 今度の大雪に伴う被害に係る「想定外」ってどうなんだ?

 備えあっても患いありなのである

 備えなければ、なおさら困窮するのは目に見えているが
降り続く雪の被害に想像が及ばない

 「想定外」とはそういう事なのではないか

 水分を多く含んだ雪は重い
ちゃちな構造物を簡単に押しつぶしてしまう

 カーポートや体育館の屋根が雪の重みに潰れて
怪我をしたり、亡くなった方が何人もおられるが、
心理面からの人災の側面もあるのではないか?
.... 続きを読む

 昨日は早めに床に入って仮眠を取り
今未明、午前一時半に家人が寝静まる中
一人起きだしてカーリングの観戦

 勝負が見えた所でジャンプの団体戦が始まった

 午前二時過ぎから四時過ぎまで二時間ちょっと
ライブで、日の丸飛行隊の健闘を応援していた

 団体戦には個人戦にはない面白さがある

 個人戦で振るわなかった選手が大ジャンプをかましたり
国を背負った緊張を力に変えて次々と
力強い飛躍を行っていく

 日本も飛んだが、それ以上にドイツと
オーストリアの各選手は
個人戦の御不調がウソのように飛んでいた

 結果は、日本の銅メダル、ドイツは
団体8連勝中のオーストリアの連勝を止めた

 日本にとって、実に16年ぶり、
長野五輪金メダル以来の団体メダル獲得だった

 一番手 清水の思い切った飛行が良かった

 二番手 竹内は、我慢の飛行でK点越えを確保

 三番手 伊東も130m台を二本持ってきて順位の維持に貢献

 そしてレジェンド葛西、流石のエースの飛行だった
 134mの大ジャンプを二本揃えて銅メダルを確定させた

 それぞれが、何らかの不調を抱えた中での健闘

 ランキングでは5番手、12チーム中8番スタートの
日本が獲得した、三位、銅メダルは、今の実力からしたら立派だった

 日の丸飛行隊、復活の飛躍だったと思う おめでとう!


 登山を始めたばかりの頃のバイブルは
「登山家のための気象学」という本だった

 天気図を何度か書いたことのある人なら
西高東低の気象特徴や二つ玉(爆弾)低気圧がもたらす
悪天候は聞きかじっていることだろう
 
 等圧線の感覚の広狭による風の強弱や
荒れ具合についてもそうだ。
 そして、関東圏にいれば、南岸低気圧の及ぼす影響も  

 気象予報士なんていう職業がなかった時代であるが
自分で天気図を読む訓練を行ったものだ

 さて、大雪の影響が三日経っても各地に残っている
特に、関東甲信地方で顕著で、全国ニュースでも
頻繁に取り上げられている

 あちこちの国道に何十台も
動けなくなった車両が取り残されて
三日目にようやく動き出したとか

 自衛隊が出動して除雪をしているとか

 冬に雪は降らないとでも思っているのだろうか?

 こんな雪は経験がないという言葉を何度か耳にしたが
毎年のように、それなりの雪が降る場所と
そうでない場所の違いといってしまえばそれまでなんだが

 それにしても、予報で大雪になるといっているのに
チェーンも持たないで、ノーマルタイヤで山越え
峠越えしようとする感覚には ??? 疑問符が付く

 温暖化したからといって、南北に長い日本全体が
亜熱帯になるわけではないのだろう
 
 温暖化の影響かどうかはわからないが、
高気圧の気圧がより大きくなり、
低気圧の気圧がより低くなることで
極端な天候になってしまう傾向にあるのではないか?

 慣れない雪かきをしながら、雪国の方の苦労を思います
なんて、取材に答えている方の映像が流れていたが

 喉元過ぎれば熱さを忘れるんだろうな、きっと


 今朝の午前五時まで
男子ジャンプの個人ラージヒルを
ライブで観戦していた

 日本勢4人は、みんな好調で
一回目は、K点越えのジャンプを連発

 注目の葛西選手は139mを飛んで第二位

 伊東、竹内、清水の各選手も2回目に進出

 メダルのかかった2回目、途中からゲートが下げられた
それでも、葛西選手は133.5mの大ジャンプ
トップに躍り出て銀メダル以上が確定

 最後のジャンパーの飛躍の結果待ちとなったが
惜しくも1.3点及ばず二位だった

 向かい風の減点が1.6点だったことを思うと残念ではある

 それでも、41歳のジャンパーが見せた見事な2本の飛躍だった
遠くに飛ぶときは、飛行姿勢も美しい

 葛西選手に喝采を

 これで、団体戦が非常に楽しみになった
金メダルで有終の美を飾って欲しい


 きっとやってくれると思う

 昨日、ノルディック複合の個人戦で
渡部暁斗選手が銀メダルを獲得した。

 河野孝典選手が銀メダルを獲得した
1994年リレハンメル大会以来
20年ぶりのメダル獲得

 日本にとって本当に長かった空白期間だった。

 FISは、ヨーロッパの牙城

 日本人が勝ち始めたり
ヨーロッパ勢が勝てなくなったりし始めると

 敗因を分析し、競技者の競技力向上に努めるのではなく
手っ取り早く、自分たちの牙城を使って

 根本的なルールに変更を加えるという
常套手段を駆使して、競技後進国の台頭の芽を摘んできた


 ジャンプで勝てなくなると、スキー板の長さを
身長×146%までと制限を加えて
身長の低い選手に不利にしたり
スキースーツの材質を限定したり

 それでも、日本選手が大ジャンプを跳び始め、
ジャンプで稼いだ圧倒的時間差で
クロスカントリースキーを逃げ切るようになると
ノルディック複合では、距離における
タイム差換算のジャンプの得点差を
1点6秒から1点4秒に33%も圧縮して
クロスカントリースキーの走力重視・距離偏重とも、
距離の走力優先ともいえる変更を行って来た。

 それでも、とうとう、クロスカントリースキーの
走破時間でも対等に勝負出来る選手が出てきたのだ。

 キングオブスキーに相応しい
バランスの取れた選手の登場に

拍手・拍手である。

 ジャンプがラージヒルで行われる
複合団体にも大いに期待している。

 この大会から採用された女子ジャンプノーマルヒル

 日本からは17歳の高梨、
19歳の伊藤、17歳の田中の3選手

 高梨選手は4位、伊藤選手は7位入賞、田中選手は30位だった
 
 高梨選手の御祖母ちゃん家は山形県の高畠町
一緒に、米沢市の上杉神社に
祈願の絵馬を奉納したそうだ。

 金メダルを期待された高梨選手の飛行について
長野五輪金メダルの船木さんが解説していた

 距離が伸びなかったのは風だと、
風に叩き落されたジャンプだったと

 4年に一度の舞台には運も必要
そしていろんな風が吹く各地の台で何度も飛んで
対処の仕方を覚えていくしかないのだと

 それぞれが口惜し涙を流した結果ではあったが
三人とも、10台の選手である

 4年後がある
 経験を積んで、また五輪の舞台に立ってほしい

 スノーボードの男子ハーフパイプ

 この五輪で日本に最初のメダルをもたらしたのは
やはり十代の二人
銀メダルは平野選手15歳と
銅メダルの平岡選手は18歳

 平野選手は、新潟県村上市出身
小さいころからのスノーボードの練習場所は
山形県小国町の横根スキー場だ

 若くしてプロ契約し、世界を転戦、
Xゲームなどにも出場しているが
4年に一度の大舞台で実力を発揮、
90点を超える得点で見事日本最年少メダリストになった

 彼らにも、また、4年後がある

 後生の追撃を振り切って、また五輪の舞台にたてるか?

 それぞれの十台を過ごして、またこの大舞台に立ってほしい。

 今日は、ノルディック複合が行われている
前半のジャンプで日本勢が上位に名を連ねている

後半の距離は10KMで午後9時過ぎにスタートする
ジャンプで二位、6秒差スタートの渡部暁斗選手に期待している。

 タイム差を距離に換算すれば
わずか10m足らずの距離に
10人位がひしめく激戦を制したのは
ここ一番ではまった走りのオランダ勢だった

 とにかく、オランダ勢が強かったな
 金銀銅を独占した

 山形出身 加藤条治君は5位入賞だった

 前回は銅メダル、今回は入賞
34秒台を2本揃えた、立派な成績だったと思う。

 お疲れ様でした。

 男子ジャンプのノーマルヒル

レジェンド葛西選手は8位入賞
ラージヒルに期待しよう。

 今日は、未明に女子のジャンプ
高梨選手は山形にも縁がある

 結果は後からついてくる
彼女のいいジャンプを期待している。


 

 今朝は6時30分に起床
大雪である。

 昨晩中に30センチも積もって、
車が埋まっているような状態
一人で除雪開始

 ひたすら雪を集めては運ぶ
ようやく脱出可能な状態に
車が動けるようになるまで一時間半

 テレビを点けたらモーグル決勝の録画放送

準々決勝、準決勝とギリギリで勝ちあっがた
上村愛子の決勝の滑りは、
集大成といえる素晴らしい滑りだった

 なのに、第一走者だったからか、
68%台と得点が伸びない

 結果は4位

 タイムは一番早かったのに
ターンの点が3点台とは、絶句である

 それでも、5人目まで3位につけていた

 最後のアメリカのカーニー選手は
ターンでミスを連発しており
タイムも上村より1秒以上遅かった
なのに71%台の得点で上村を上回った

 まったく採点に納得いかない

 採点競技にありがちなこととはいえ
あんまりだぞ


 今日は立春 大寒が終わっても寒さはやはり冬

 今日から、息子が「いわき市」に遠征
8時30分までに県庁東側にある
第一中学校のラグビーグランドが集合場所とのこと

出勤経路を大幅に遠回りして送ってやることとする

 久々に、通勤時間帯の県庁方面に車を走らせた
路面が良いおかげで25分程で到着

 息子を下して、市街地南部にある我が職場へ
東から西に向かう道筋は渋滞も思ったほどではなく、
10分程で職場に着くことができた

 息子は土曜日まで遠征である。
日曜日には、就活中の娘も、学校の試験が終わって帰って来る

 子供のいない我家、母親と妻と3人だけの
生活なんて初めてだぞ

 実に静かなもんだ

 図書館から借りてきた二冊の本
「河北新報のいちばん長い日」と
 湯浅誠著 「岩盤を穿つ」を読み始める

 震災にあった新聞社の奮闘を
改めて思いおこすこととした次第

 もう一冊は、自公から民主への政権交代前
2009年の著作だが、
これまた、現状を確認するため
当時の記憶を思い起こそうと手にとったもの

 昨日、先週月曜日に借りた佐高信著
「今の日本はタカ派ばかり」
を、土日かけて読了したばかり

 積読の方は3冊目の中盤に

 趣味の「将棋世界」も今月号が今日の昼に届けられた
これも読まなきゃな

 妻が給油に行っている間に、夕食の食器を洗う

出がけの妻の問いかけに
「退職後の訓練を兼ねてな」と自虐的に答える

 10歳年上の元上司は、退職後、登山にせいをだし
深田久弥の日本100名山登頂まであと二つとか

 その日が来た時、アッシは何をしようとしてるのだろうな

 村山談話を発表した村山内閣の閣僚は
野坂官房長官、武村蔵相など少数を除けば
ほとんどが自民党出身の閣僚だった。
 主なところでは
 通産大臣  橋本 龍太郎
 文部大臣  島村 宜伸
 運輸大臣  平沼 赳夫
 総務庁長官 江藤 隆美

 村山談話は、自民党とも協議しながら
草案を練に練って全員一致の閣議決定を経て
発表されたものである。
社会・自民・さきがけ連立政権を担った党として
自民党にも当然その責任があるのだ

 その後、小泉純一郎首相は村山談話を踏襲し
さらに踏み込んだ小泉談話を発表している。

 社会党の党首だった村山富市が首班指名され
最初の施政方針演説とその後の各党代表質問で
自衛隊を合憲とし、日米安保条約を順守するとした
また自衛隊の最高司令官として観閲式にも臨んだ

 それは、個人の思想信条を超えた
日本国政府首班としての地位が言わしめた
とても重い言葉であったと思う

 さて、ドイツとフランスは
この140年間だけでも3度戦争している

1870年       普(プロシャ)仏戦争
 プロシャの勝利
1914年~1918年 第一次世界大戦
 フランスの勝利
1039年~1945年 第二次世界大戦
 ドイツ第三帝国のフランス占領を経て
結果として連合国としてフランスの勝利

 戦争の度に、国境付近の領土が行ったり来たり

それまで、戦争の結末は、勝敗の結果と講和条約の締結
敗戦側には、領土の割譲と賠償金の支払い義務を発生させるものだった

 現在の国境は、第一次世界大戦の反省を踏まえて
第二次世界大戦の結果確定したものである

 米・英・仏・ソにドイツは4分割占領された

 ソ連の占領地域は1947年ドイツ民主共和国(東ドイツ)となり
残りの地域は1948年アデナウアーを首班とする
ドイツ連邦共和国(西ドイツ)となった

 分断されたドイツは、1989年
ベルリンの壁崩壊によって東西ドイツ統一がなる

 歴史は、勝者から見た歴史もあれば
敗者から見た歴史もある

 どちらが正しいかということではない

 それでも、今、仏独両国は第二次世界大戦の結果
を踏まえた前提で、EUを支える大国として存在している

 来年で第二次世界大戦後70年を迎える

その間、国際社会に復帰した日本は、武力によらない外交と
平和国家としての姿勢をもって、国際社会への貢献をしてきたはずだ

韓国とは1965年
中国とは1972年に国交を回復した

拉致問題を抱える北朝鮮とは正式な国交がなく
国交を回復したがソ連からロシアに変わっても
北方領土問題を含め平和条約を締結できていない

 東アジアにおける日・中・韓・鮮・露5国の関係も
過去を超克した姿になってほしい。


 

 原発を止めたせいで巨額の国富が流出した

 過去最大の貿易赤字拡大が原発停止が原因という
政府や経済界から繰り返されている

 ちょっと待ってくれ
なんか、変なんだよな

 貿易赤字を国富の流出なんて表現
これまでしてこなかっただろう

 原因にしたって、天然ガスや原油の輸入増加のせいだというが
輸入量は節電意識もあってかそんなに増えていない
アベノミクスによる円安誘導で、円は30%近く安くなっている
その分、輸入代金の支払いに多くの金がかかるようになったのである
増加額の全てを原発停止に絡めるのは無理がある

 それに、かつて、巨額の貿易黒字を続け、
アメリカと貿易摩擦を起こした日本
貿易に関しては、黒字続きは、よいことばかりではないのだ。

 さて、先の問題以上に問題にしたいのは、国富の考え方である

広野町、大熊町、楢葉町、双葉町、葛尾村、飯舘村
浪江町、そして南相馬市
 合計面積で1200平方キロメートル以上
東京23区を超える面積に、3年近く人が住めない状態になり
住人14万人以上が今なお生活の再建も覚束ない
避難生活を強いられている

 国民の生活が奪われ続けている
これこそが、国富の消失ではないのか?

 国富は流出しても他の国に移動しただけだが
消失は、まさに消えて無くなったということである

  

 記憶の確認

 第二次世界大戦で日本が戦った国々

アメリカ合衆国、大英帝国、中国民国、オランダ王国、
オーストラリア、ニュージーランドそしてソビエト社会主義共和国連邦

インド、パキスタン、バングラデシュ、ビルマ、
シンガポール、マレーシア、ブルネイは大英帝国の植民地だった

フィリピンはアメリカ合衆国の植民地

インドネシアはオランダ王国の植民地

台湾と北朝鮮と韓国は日本の領土だった

パラオ、ミクロネシア連邦は国際連盟による
日本の信託統治領

中華民国は、国共内戦を経て大陸部分は
中華人民共和国となり、国民党は台湾に移って中華民国へ

ベトナム、ラオス、カンボジアはフランスの植民地だったな

 日本の売春防止法の完全施行は昭和33年4月1日
赤線がなくなった日である。

 もう55年が経つ。


| HOME |


Design by mi104c.
Copyright © 2014 MITSUの山・競 時々戯言, All rights reserved.