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 打撃の神様、V9の監督 川上哲治さんが亡くなった。

 子供のころ、日本一といえば巨人
監督は、背番号77の川上監督だった。

 強いものが好きな子供にとって巨人は象徴であり、
その強い巨人を指揮していたのは川上監督だった。

 アッシの小学校時代は日本シリーズ9連覇の真っ最中。

 バッターではサード、背番号3の長嶋、
ピッチャーでは背番号18の堀内が贔屓だった。

長嶋の現役引退と監督就任が
川上巨人の連覇が途切れた時だったのも何かの因縁か?

 93歳の長寿を終えられた今は、ただただ冥福を祈るのみ

合掌。

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 ボストンとセントルイスのワールドシリーズ

 今日、4-2でボストンが勝利
上原にセーブがついて
両チーム2勝2敗となった。

 この両チームのワールドシリーズは2004年シーズン以来4度目
2004年は4-0でボストンがスイープ。
バンビーノの呪いから解放された年だった。

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 18歳以下日本代表に選ばれた多くの
高校球児がドラフトで指名された。

 注目の桐光学園の松井投手は、
常総学院の内田捕手とともに楽天へ、
東北楽天は、またまた活躍が楽しみな選手が増えた。

 聖光学院の園部内野手と北照の吉田外野手はオリックス
仙台育英の上林外野手はソフトバンク

 広島新庄の田口投手は読売
そして、大阪桐蔭の森捕手は埼玉西武

 瀬戸内の山岡投手は指名されなかったようだ。

 さて、本県の球児では
日大山形の奥村選手が
読売から4位指名された。

 滋賀県甲西中から日大山形に進学。
この夏の選手権大会で、チームの主将として
大活躍、県勢初の4強躍進の原動力になった。

 遊撃手としての守備が良かった。
肩も強いし、打撃もいい。
日大三戦では、右中間スタンドにホームランも打った。

 プロ野球選手になるという夢が叶うわけだが、
テレビに映るような選手になってほしい。
 



 日本人の女性の平均寿命は、日本人の男性の平均寿命より
7年ほど長い。

 父の妹たちは5人全員健在だが、連れ合いの多くは亡くなって
存命なのは、平均寿命に達していない人ばかり。

 何が不都合な真実か?

 元気で過ごす90歳を超えるような男性は、喫煙者が多いということ。

 報道されない訳だ。

 タバコなんか、吸っても吸わなくても、
終わりが来ることになっている。
人は必ず、死ぬべき時に死ぬのだ。

.... 続きを読む

パリーグのCS第四戦、東北が千葉に8-5で勝利

4勝1敗でCS勝利、日本シリーズに出場を決めた。

最後は、やっぱり田中。

この人しかいないよね。

あらためて、よくぞ、東北に来てくれました。

高卒ルーキーとして新人王から、7年間
チームの、リーグのエースとして活躍し
今年は勝率10割の24勝で最多勝と最優秀防御率

文句なしのリーグMVPだろう。沢村賞も当然でしょうね。

田中の作った24個の貯金にプラスアルファをくっつけた
他の投手たちも頑張ったね。

勝っても、勝っても貯まらない貯金じゃ
こうはならなかったもんな。

さあ、日本シリーズだ。読売が待っている。
永遠の打倒巨人である星野監督の采配に期待している。

なるぞ、日本一に、東北ゴールデンイーグルス


 9月中、大腸ポリープを切除したり
 接触事故に遭遇したりしているうちに
 2020年の五輪開催都市が東京に決まっていた。

 安倍総理のプレゼンテーションで
「放射能がアンダーコントロール」ってウソだろう。
 OEC会長が東京と言った瞬間「けっ、東京かよ。」が第一感

 4年前は冷淡だったマスコミが大騒ぎ

 滝川クリステルの「お・も・て・な・し」は
流行語大賞にもノミネートされようかという勢いである。
 東京には、いろいろな意味で金も人も流れ込むのだろう。

 その繁栄の陰で、報道の嵐の中で
 さて、7年後、福島の浜通りはどうなっているのだろう?
 故郷に帰れぬまま、二度目の東京五輪をテレビで見ることになるのだろうか?

 福島第一原発は「東京電力」の発電所である。
東京の電気を賄う為に発電を続けてきたのだ。

 汚染水のニュースは流れても、壊れた原発施設の
内部がどうなっているのかのニュースも
問いかけもなされない。
 事故など、まるで無かったかの如き扱いに変わっていくのだろうか?
既にその兆候は表れているが、更に拍車がかかるのだろう。

 山形県内には、山形市や米沢市を中心にして、
いまだ5000人を超す福島から避難した方々が生活している。

 7年後、アッシは、今の職業を定年で退職している。
第二の人生では、仕事をしないでいるかもしれない。
そのとき、何を為すのかわからないが、何事かを為そう。

 東京近辺だけではなく、
福島県浜通り地区を含めた日本中が、
聖火の国内巡回に参加でき
真に、喜びをも持って開会式の日を
迎えることが出来ますように。

 


 雨は上がっても、芝コースは不良馬場

 キズナもいない、ロゴタイプもいない三冠最後のレース

 皐月賞、ダービーと二着に甘んじた③エピファネイアが
不良馬場をものともせずに優勝

 二着には神戸新聞杯3着の⑭サトノノブレスが中団から延びて
三着には、逃げたバンデが残った。

 馬券は、馬連4点で的中。三連複と三連単は外して
週末の飲み代を稼いだくらいであるが、
的中するのやはり、嬉しいものだ。

土砂降りの雨の福島競馬場は、寒さも一入で、人もまばらであった。

 今年は、春祭りも秋祭りも的中で、ちょい浮きで終了。

 「また来年会いましょう」である。


 10月6日の日曜日に父の
三回忌を行った。

 もう、まる2年が経つんだな。
遠方の親戚の宿の手配をして、
土曜日に、到着にしたがって出迎える。

 会食会場のホテルのバスが我が家にやってきて
母が乗るのに一苦労。

早めに寺について、10時過ぎには読経開始。
30分程で終わり、山の墓地へ

 卒塔婆を立て、花を飾り、蝋燭を立て
お香をそなえ、合掌する。

 本家の墓にもお参りして、
同じ様に花を飾って合掌。

 山から下りてきたらもう、11時半に近く
ホテルに戻ったのは12時の会食に丁度いい時間だった。

 遠来の方々の帰りの時間を考慮して2時にお開きとなった。

9日、妻の誕生日に食事に行こうとしたら
母の姉の訃報が届く。

 夕食後に通夜の席へ。
11日は忌引きを取って叔母の葬儀に

12日の土曜日、朝刊を取ってきて
なにげに山形地方版を見ていたら
仲人の訃報記事。

 13日の日曜日に葬儀とのこと。
夕方になってから、時間を見計らって弔問に行く。

 お顔を見せてもらい、久闊をのべ、しばしの間、思い出話をした。

 アッシ夫婦の縁結びの神は、
喪主を務める友人であるのだが
本人夫婦が若すぎるということで
アッシもよく知る、彼の父君と母君に媒酌の労を
とっていただいたのだった。

 13日の日曜日は、大学同窓の芋煮会の幹事で
酒を飲まず断って途中退席、15時から行われる葬儀会場へ。
そこは、前日に別の友人が三回忌を行っていた山辺町の寺である。

 叔母は88歳、仲人さんは90歳だった。

 二人ともそれなりの期間、入所や入院していたのであるが
 いつか、別れが来るものとはいえ、惜別の思いは一入である。

 今年の10月は、弔事の連続で、半分が終わろうとしている。

 



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