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 土曜日に、亡父の一周忌を
同居の家族だけ参加して行った。

 寺の住職から経を読んでもらい、
一周忌の卒塔婆を書いてもらったのを
墓地まで運んで、蝋燭、線香、仏花を供えて
合掌。一時間足らずの簡素な一周忌であった。

 一応、墓を新たにした時に世話になった石材店にお願いして
墓には父の戒名と生前の名前を彫ってもらい、
少なくなっていた玉石なんかも補充してもらった。

 お盆前に墓掃除した後に伸びた雑草や
近隣の墓から風に吹かれて散乱していた
ゴミなどもひろったりして、
それなりに綺麗にして当日を迎えた訳だが

 それら事前の準備については
 みんな俺の仕事、妻はノータッチなのだった。

 命日は、10月16日。
去年は日曜日だった。
今年は火曜日である。
 いろいろ思うところのある親父だったが、
俺の夢に出てきたことは
一年経つのに一回しかない。
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 高校を卒業してからもう35年。

 大学は、県外にて学んだものの
諸般の事情で、故郷に就職という
パターンなどが増えてきたのが
アッシ達の年代から増えてきた。

 同学年で、現役・浪人・大学院からの就職や
転職・・・エトセトラETCで、なんやかんやと
同業になった者の数は、
入社年次の巾が約10年で
 事務系・技術系合わせて30人以上になる。

 この同業・卒業同期会の今年度会合の幹事になった。
いや、会合欠席者に有無を言わせぬ攻撃で
順番が当たったのが去年の秋だった。

月日の経つのは早いものでもう会合開催の時期が来たのだ。
 幹事3人の役割分担を決めて日程を摺り合わせ
案内状を出したのが、先週の木曜日。

 今日現在、幹事の3名+3名の出席報告。
出欠報告の期限は、来週の火曜日10月2日であるが
いったい、あと何名の出席があることやら。
明日の報告状況の結果を待って、勧誘に努めようか。


 日本は、海を挟んだ西の隣国すべてと領土問題を抱えている。

 ①日露は、択捉、国後、色丹、歯舞諸島の北方領土
 ②日韓は、竹島
 そして、
 ③日中は、尖閣諸島

 この①、②、③の領土問題は、問題の本質というか根本が全部異なる。
 ①と②は、日本の領土が他国に不当に占拠、実効支配されているものであるが

 ③は、日本の正当な領土に対して、日中国交正常化以降、
大陸棚の資源や排他的経済水域の拡大という利権的問題から
中国が突然、自分の領土だと主張しはじめたところに
他の二つとは大きな違いがある。

 竹島は、江戸時代末に長州藩の領有となり、
その領有権は、明治になってからは、
大日本帝国・島根県の一部として存在したものである。
すなわち、1910年の日韓併合以前から日本の領土であり
1952年のサンフランシスコ講和条約によって放棄した海外領土ではない。
1956年、李承晩ラインによって強引に韓国が実効支配したものである。

 日本が放棄したのは、明治以降の戦争、
日清戦争や第一次世界大戦などによって
日本の領土とした領土
台湾、関東州、朝鮮半島及び付属する島々、南洋諸島である。

その意味で、竹島も、北方4島も尖閣諸島も日本固有の領土である。

 北方4島は、1875年に日露で締結した
千島樺太交換条約の対象となっていない。
当時、既に日本の領土であった。
千島(クリール)列島は、4島の北から
カムチャッカ半島までの島々を言うのだ。

 尖閣諸島についての中国の言い分は
他人の土地を、隣家が「そこは自分の土地だ。」と
根拠なしに言いがかりをつけるのに等しい。

 日本の連携すべき相手は、東南アジアや東アジアの中国以外の国々である。
 フィリピンは、南シナ海という呼称をやめ、西フィリピン海と呼称することに
大統領が署名した。
 南シナ海の大陸棚や海底資源及び島々をめぐって
ベトナムと中国、ブルネイと中国、
シンガポールやマレーシアと中国にも領土問題は存在するのだ。
 
 中国において、対日のみ大騒ぎになるのは
日本が経済大国であり、かつて中国を侵略したからか、
極端な反日教育の賜物だろう。

 1800年代、清末、アヘン戦争を起こしたイギリスやフランス
租界を作り、勢力範囲を協定して中国を食い物にした欧米列強に日本。
日本の罪だけが強調される。

 極端な中国的歴史認識では、
中国の歴代王朝から冊封を受けていた琉球も、
10世紀に起こった王氏の高麗や
14世紀に、その高麗にとって代わった
李氏朝鮮が支配していた朝鮮半島も
中国の領土ということになってしまう。
(そういうことを言い出している人々が現にいるのだ。)

 逆に言えば、中国の東北部は、かつて
7世紀末まで、朝鮮半島北部(今の北朝鮮に相当する)から
遼東を含めて高句麗の支配が及んでおり
北朝鮮が、「中国東北地方の東半分は自分の領土」
と言ったら、中国は納得しないだろう。
 
 高校の世界史地図には、百年戦争の終結する1432年まで、
今のフランスの1/3から半分は、イングランドの領地だったことがある。
 その地域をイギリス領だというイギリス人がいるだろうか?

 歴史認識というなら、彼らも、
自分の認識だけを一方的におしつけないで
双方が納得できる歴史認識を共同で作っていくべきだろう。



 早朝の飯豊山頂からゆっくりと下ってくる。

 荷物は軽いが、睡眠不足から疲労が襲ってくる。
下りのスピードも思ったほど上がらず、
 約二時間で「切合小屋」に戻った。

 デポしておいた荷物をまとめなおし、
昼食の準備、固形物は口に入らないが、
 春雨とスープで体を温める。

 すでに、日は高く、日射も強い。
10時15分小屋を発ち、下山開始。

 20分ほどで、種蒔山の巻き道の沢に到着し給水。
 お茶を沸かし、沢水で冷やしてペットボトルにつめなおす。
11時10分出発し、少し上っていよいよ下りへ。

 小さなコブの上下を繰り返しながら少しずつ高度を下げていき
地蔵岳への高度約100mの上り返しを登りきって地蔵岳山頂へ。
 日射の強い山頂では休まずに、P1409まで一気に下る。

 ここで、少し長めの休憩をとった。
 3時15分出発、下り1時間で長之助清水に。
熱中症気味の体を十分に冷やす。
 4時25分出発、ザンゲ坂の鎖場を注意深く降りて
 5時15分大日杉小屋の駐車場に無事到着。

 さっそく、登山靴を脱いで、ビーチサンダルに履き替え
沢水に脚を浸した。

 今回の山行では、リュックの重さ調整とパッキングの大切さを痛感。
特に、非常用・予備装備は適度に小分けして重さを分散すべきだった。

 テントは、ポールと本屋・フライを別にして、
本屋・フライを融通の利く形にしてパッキングすべきだった。

平成24年9月飯豊登山 015

 無事、家に帰り着いたのは8時30分。

 さて、次は、大朝日岳にでも行くか~。

 初日は、過重でバテバテだったが、
夕方、5時過ぎに着いた切合小屋での休息と、
ちょっとリッチな夕食で、元気が出てきて
ツナ缶や鯖の味噌煮の缶詰を肴に
重い思いをして運んできたウイスキーを、
ちびちびと。
 1700mの山上で、
愛娘と酒を飲む日がこようとは。

 天上の星はガスで見えないが、
風が心地よい。

 翌朝は、午前2時に起床。
時間を見計らって、娘を起こす。
朝食は、トマトソースのマカロニに
コーンポタージュスープ。
 レトルト食品の内容と種類が豊富になって、
お湯さえあれば、口飽きしない食事になる。

 朝食を1時間足らずで切り上げ、
まだ明けきらない闇の中を
ヘッドランプの明かりを頼りに
午前4時20分小屋を出発。

平成24年9月飯豊登山 007
ようやく明けてきた行く手に山頂小屋手前のピークが見える。(草履塚付近から)

 そこから約1時間10分で山頂小屋に到着
平成24年9月飯豊登山 012

 さらに、天上の散歩道と言えるほどなだらかな稜線を
ゆっくり20分ほどで、飯豊本山山頂へ

平成24年9月飯豊登山 018

 午前6時50分着。21歳の時に縦走でフル装備で登頂して以来
実に32年ぶりの飯豊本山山頂登頂だった。  

 山頂での一服は、また格別の味であった。

 8日、9日の一泊二日で飯豊本山に行ってきた。

平成24年9月飯豊登山 016
 草履塚付近から、連峰最高峰の大日岳(2128m)

平成24年9月飯豊登山 019
 連峰の北方の峰々。最高は北股岳(2025m)

平成24年9月飯豊登山 020
 飯豊本山山頂付近から大日岳
 

 夏休みで帰省中の娘が、何故か
久々に、山に行ってみたいと言う。

 そこで、今度の3連休(土日&休暇)のうち
二日を使って、飯豊山に一泊二日で行くことにした。

 コースは、飯豊町の大日杉小屋から
飯豊本山(2105m)経由
大日岳(2128mの連峰最高峰)往復

娘は、脚力に自信満々で、
問題は、アッシの体力低下だけとか。

 5年前、小学4年の息子を連れていった時には、
切合小屋まで時間がかかり過ぎて、
飯豊本山には登れなかった。

 さて、今回の山行はどうなることやら。

気温も、やや涼しくなってきて上りやすい状況か。
天候も連日の曇りなら日射もやわらかいだろうなあ。


 誰が出るのか、出ないのか
いや、出させないのか
知らないが誰が出て誰が総裁に
なってもいいのだが、
何をするのかを語るのは
これからなのか?

 自民党には党の綱領があるわけで
綱領に則った党としての行動をしていくのだろうが
3年前、衆院選挙で完敗し、下野した
事実に対する反省も、分析も
真剣には行われなかったような気がする。

 相手もエラーやミスに付け込んで
第一党になれると思っていたら大間違いだろう。

 ある立候補予定者は、
選挙に勝てそうだからと
海のものとも山のものとも
わからない、まだ国政政党にも
なっていない所との連携を
模索するとか。

 なに言ってんだろうね。
自民党は、保守合同以降50年以上連続して
政権政党だったんだよ。(7党連立細川や羽田総理の時期を除く)
野党時代はたったの3年

 原発推進も、
日韓や日中の領土問題も、
無年金や消えた年金、高齢者医療制度などの社会保障も、
巨額の財政赤字の開始も
今の政治の問題は全部、
自分達が政権与党時代に播いた種が
地上に芽をだして、
大きな問題として噴出している事ばかりなんだとういゆうことを
もっと、自分の問題として自覚してもらいたい。


 総裁候補よ、今後の日本国の経綸を堂々と語ってくれ。

 今日も30度を超す気温で
残暑が厳しいなか、
風は、ちょっとだけ吹いており
これまでの熱風から
暑さが少し和らいだような風だった。

9月にはいっても、今週中は
気温、連日30度以上の予報

 先週の始めから、熱中症予防のため、
午前と午後に打ち水を行って
輻射熱を少しでも少なくしたいと
努力している。
 
 急遽、扇風機も買い足して、
各室2台配備して、
空気の流れと、換気に努めているのだが、
日射の直射によって発生する
ホットスポット対策は
これで十分ということにはならない。

 9月も中旬過ぎれば、暑さも和らいで
打ち水なんぞしなくても
良くなって欲しいものだが
 水道代なんぞ気にしてられない。
とにかく、物理的にやれることをやるだけだ。

 部屋に空気の流れを作るなら、
扇風機を開いた窓の方に向けることなのだが
そこまで考えてやってくれるかどうかは 
?なのだ。

テーマ:日記 - ジャンル:日記


 落雷によるモデムの故障による
通信不能と判明して、今日、
新しいモデムが到着
とりあえづインターネットだけは
接続なって、本日からブログ再開します。

 独り言をいっぱい書きたかった
この3ヶ月でしたが、ゆっくりと
しっかりと考えながら書いていこうと思います。



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