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2017/06/04 (Sun) 安田記念の2
2017/06/03 (Sat) 安田記念

ディープインパクトが10月1日
凱旋門賞に挑戦する。
枠順発表で2枠になった。
フランス、ロンシャン競馬場
発走時間は、日本時間では深夜になるのかな。
十分勝負になると見ているが、
日本から、応援ツアーで4000人も
押しかけるそうだ。
シロッコが強敵。
武豊は何度もフランスで騎乗してるから
やってくれると信じている。
いけ!勝て!ディープインパクト
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 結婚式と披露宴を行ってから15回目の記念日である。
 家に帰るなり「今日は、記念日だぞ!」と言ったら
「あら、そうだった?」ときた。
「なんか食べに行こう。」と言ったら
夕食作りの手を止めて「そうしようか。」

 息子は大賛成である。「イタリアンバイキングに行こう。」
おいおい、俺は、あそこ嫌いなんだけど・・・

「お姉ちゃんが帰ったら行こうよ♪」
息子はすっかりその気になっている。

「お姉ちゃんも、そこがいいと言うんじゃない?父のおごりね♪」
と妻。食費から支出しないと言っている訳だ。
「やっぱりそうなるのか?」と俺。しょうがないなぁ。
6時30分過ぎに、娘が帰ってきた。
 ということで、車で15分位の所にあるお店に。

 家に戻るなり、妻は寝てしまった。
 15回目の記念日は、静かに幕を閉じようとしている。

.... 続きを読む

 やっぱ、芋煮 でしょう。
 毎年、9月の第一日曜日に、馬見ヶ崎川の河川敷で
日本一の芋煮会が行われ、季節の風物詩になっているが
これは、芋煮シーズンの到来を告げるイベント。
6メートルの大鍋で、3時間かけて芋煮を作りふるまう。
大鍋は、すぐ側の市消防本部の建物の近くに設置されている。
それを、クレーンで会場まで運びこむのだ。

しかし、芋煮会の本番はこれからなのだ。
天気のいい土日ともなれば、河川敷に大型のブルーシートの花が咲く。
この季節、コンビ二で、芋煮用に薪が売られているのは山形だけかも?

材料は、サトイモ・牛肉・ネギ・こんにゃく が メイン
あとは、好みによって、きのこ類やとうふ・ごぼうetcが
入ることもある。
味付けは、醤油と砂糖と日本酒。
同じ山形でも、海沿いの庄内地方では、
ミソ味で豚肉 が内陸との決定的違いか?

花見酒より、芋煮酒の回数の方が多いかも?

芋煮の風景、画像が撮れたら、その時、掲載しま?す。

 平成14年春、もう4年も前の事だが、
家を建てると決心してから3年目に入っていた。
 現在の土地は、まだ、畑で、売主があんまり売れないものだから
土地を整地して、宅地らしくしようと工事を始めようとしていた。
 その直前に、売買交渉が始まった。
畑の土を削って砕石を入れ始める時期に、交渉成立。
南側2間(3.6m)分、畑の土を残してもらうようお願いした。

 年の暮れから工事に入り、平成15年4月完成
5月の連休を利用して引越し。
 自分の設計の関係で、庭&畑の用地は、
南側に東西6間、南北1間弱分しか残らなかった。
 引越しも片付いたある日、畑を作ろうと鍬を買い、
土を起こそうとしたが、歯が立たなかった。
 家の基礎と、家自体の重み等で、土がギチギチに締まっていたのだ。
冬の雪解け水等も十分にしみこんで、締まりに拍車がかかったらしい。
 スコップで起こそうとしたが、柄がビシっという音がした。
それほど固かった。
.... 続きを読む

気の長い話である。

妻が、ほうれん草が高いから という理由で
ほうれん草の種を買ってきて
庭の畑に播いてから、一週間。
芽が出始めた。
IMGP0504.jpg


こいつらが食べられるようになるまで、
あと10日はかかるだろう。
その時、ほうれん草は 高いまま だろうか?

.... 続きを読む

 今日、神戸新聞杯が中京競馬場で行われた。
 阪神競馬場が改修中の為、代替開催である。
 結果は、ドリームパスポートが優勝、
我等がメイショウサムソンは2着だった。
 「秋祭り」 が近づいてきている。
 「春祭り」 程ではないにしろ、
それなりの大金を賭ける日がやってくる。
 非日常を味わうのは、アッシにとって、
なにも、海外旅行や登山だけではない。
 穴場に一人佇んで、勝利の歓喜に震え、
敗戦に打ちひしがれる その瞬間 を 味わいに行く。
 金 というものが 介在 しなければ、
予想は極めて単純である。
 金を賭けていなければ、結構当たったりするものだ。
 ビギナーズラックも、その範疇か?
.... 続きを読む

 山々は、まだ、紅葉していないが、稲刈りが始まった
 連休に、この晴天。絶好の稲刈り日和だ。
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 月山も、残雪が小さくなって、遠くに霞んで見えている。
 万年雪といわれる大雪城は、次の雪が来るまで消えないだろう。
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 風邪ひきは、遠くにいけない。
 家の近所から、秋の気配を撮ってみた。


水曜日の朝からおかしかった。
木曜・金曜とブログ記事更新せずに
毎晩、予防に、ルル飲んで、早めに寝てたのに・・・。
とうとう、金曜日の夕方から悪寒が止まらなくなった。
今日、目覚めたら、めちゃいい天気じゃないか!
でも、何所にも行けん。熱がでる。咳がでる。タンがからむ。
完全休養日になっちまった。
やっと、症状も収まって、ただの日記を書いている。
こんなことなら、ルル飲まないで一遍熱を出しとけばよかったか?
それじゃ、仕事に穴が開く。
やっぱり、正解なんだろうな。
勤務日に熱でないようにしたのは。



ベトナム旅行記番外編 
 9月4日(月)から9月19日(火)まで
15回に渡って、ベトナム旅行記を書いてきた。
 実は、一つの旅行というかひと塊の時間について
15回、字数にして、おそらく10,000字以上
書いたのは、生まれて始めて である。
そのこと自体、貴重な体験をさせていただいた。
旅行の副産物と言えようか。
 とりとめのない話の連続になってしまったが、
自分の感じた FIRST BISIT VIETNAM
を書いてきたつもりである。
 各回のテーマに沿った写真掲載だったため、
自分にとって、いい写真でも、未掲載の写真も多い。
文章に疲れた頭を、写真で休めていただければ。

IMGP0201.jpg
8/30クチトンネルに向かう途中のゴムの木林にて
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8/30サイゴン川ディナークルーズ船中、アオザイを着た日本の女の子
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8/31メコン川クルーズ乗船場
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8/31メコン川クルーズの一こま
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8/31メコン川クルーズ帰途の昼食会場の庭にて、壷に浮かせた花

.... 続きを読む

ベトナムから帰国したら の巻
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 駄文に長い間、お付き合い頂いてきたが、今日で最終回。
 第2話で掲載したタイムスケジュールを、ここに再掲しておきます。
8月29日(火)
山 形9:00→16:00成田国際空港18:15→
22:20タンソンニャット国際空港23:00→23:30ASIAN HOTEL
8月30日(水)
 ASIAN HOTEL8:00→10:00クチトンネル11:20→13:00昼 食14:00
→14:15市 内 観 光17:00 →17:15ASIAN HOTEL19:00→
  ※ 市内観光は 戦争博物館→雑貨屋→ベンタイン市場
 →19:30サイゴン川ディナークルーズ22:30→22:45ASIAN HOTEl
8月31日(木)
 ASIAN HOTEL8:00→10:30メコン川クルーズ13:00→13:20昼 食
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昼食で食べたエレファントフィッシュ。アオザイ着たお姉さんがちぎって手巻きで春巻きにしてくれた。
14:20→17:00ASIAN HOTEL      
ASIAN HOTEL19:00→19:20夕食(ベンタイン市場・屋台)20:40
 →22:00ASIAN HOTEL  
9月 1日(金)
 フリーデイ(T氏はチョロン地区へ、アッシは市内をウロウロ)
ASIAN HOTEL18:30→19:00夕食・中華料理(店:上海)20:30
 →22:00ASIAN HOTEL
9月 2日(土)
 チェックアウト 12:00(ロビーに荷物預けて)
 ASIAN HOTEL12:00→12:30昼 食
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この店でちょっとしたトラブルが。ドンが無くなりドルで払おうとしたら、$1=10000ドンというべらぼうなレートで計算されてしまった。ホントは$8で済むのに$10札出したら、もう$2ときた。払ったけどね。納得いかん。ウエートレスのお姉さんは$10札でも喜んでたのにな! 
 13:30→13:50博物館14:50→15:15後別行動
 18:00ホテル集合→夕食→ASIAN HOTEL  
 ASIAN HOTEL20:10→20:40タンソンニャット国際空港23:40→    9月 3日(日)
 7:30成田国際空港9:00→13:15国見PA(昼食)13:50→15:00山 形

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 つい、先ほどまで、天童市の野球場で
小学三年生の息子と、秋季高校野球山形県大会を見ていた。
息子にとっては、初の野球観戦である。

 試合は、第二試合。夏8強の日大山形VS山形中央
今日でベスト4が出揃う。もう、試合は始まっていた。
4回の表中央の攻撃から、一塁側 中央高校応援席で観戦。
秋の東北大会出場まで、あと2勝が必要。
 山形中央は、地区の第一代表。
日大は、新チームのスタートが遅れて、山形地区の
一次・二次予選と二回負けた後の、地区第三代表

 しかし、日大のチーム力は一戦一戦向上したようで
主戦の阿部投手(甲子園3勝)の力投で、
初回に挙げた2点を守りきり、2?0で中央高校を完封。
4強に勝ち上がった。東北大会まであと1勝である。

 中央の左腕2投手も良かった。特に、5回から登板した
石山君の速球は、日大阿部君を凌いでいたかも。
 レベルの高い試合を見せてくれたが、
投手戦で、ほとんど前に打球が飛ばない。ヒットも出ない。
四球と内野エラーのランナーが出るが、両投手とも、
三振の山を築いてピンチを凌いでいった。
初の野球観戦となった息子には
少々物足りなかったかもなぁ。

 中山町の県野球場の第一試合は、延長15回で決着つかず
再試合になったと場内アナウンスがあった。
東海大山形と鶴岡東の試合は、明日に決着を持ち越しに。
甲子園への道は、険しく遠いなぁ。がんばれ!
山形の球児達。


北 と 南 の巻

 南ベトナムという国があった。首都はサイゴン
1975年4月30日、北の攻勢にサイゴン陥落。
ベトナム戦争が終り、北が南を制圧して統一国家が誕生した。

 共産党の一党支配、社会主義体制を嫌って
多くのの人々は国外に脱出。
ボートピープルも発生、日本の島に漂着したとか
海賊に襲われた、遭難したという記事が
日本の新聞紙面を賑わした時期もあった。

 30年たって何が変わったのだろう?

ポン引きのオニイサンの一人が盛んに口にした
南は違う という言葉

 9月1日(金)の朝、サイゴン川の朝日を見に行った
帰りの公園にて。
 6時30分OPENのはずのカフェはまだ開いていない。
ベンチに腰掛、一服しながら持参した本を読み始めると、
さっと やって来た。
 初めは靴墨とか、サンダルの接着剤を売ろうと
説明していたオヤジが突然、日本語で「女いらないか?」
アッシ「いらない。」
オヤジ「18歳、17歳、16歳、紹介するけど、
    それでもいらないか?」
アッシ「日本じゃ、」手が後ろに回るぞと仕草をすると
オヤジ「南は北じゃない。関係ない。」ときた。
それにしても、日本語上手いなぁ。
 すぐ近くには、建国記念日に向け、市民劇場前の飾りつけの
監視に来たらしい制服や、警戒している素振りの警官が巡回している。
 民族統一と「商売」は別さ と言わんばかりの口調で勧誘は続く。
朝の7時前だぞ、おい。
 あんまり五月蠅いので、近くのカフェに避難することにした。

.... 続きを読む

旅の装備 の巻

リュックを二つ持っていった。
やや大型の45L入りのリュックAと、小型の30L入りのリュックB
ベトナムに着くまでは、BはAの中に仕舞っておいた。
Bは現地に着いてからの行動用。
妻と娘に籐のバッグを土産にと言われていたので、
Aは、それを収納出来る大きさを考えていた。
最初パッキングした時、Bに全て収まったのだ。
しかし、荷物が増える帰りを考えるとAに収納して正解だった。

薬は、登山用の薄型タッパに電池や洗剤と共に、全て収納。
正露丸・風邪薬・胃腸薬・カットバン・アンメルツ・目薬・
予備眼鏡・小型の眼鏡工具そしてマスク。

 正露丸には、初日から世話になった。
水に弱いのは、昔から。三日もあれば慣れるのだが、
三日経ったらもう帰国が今回の旅。
ホントの下痢はしなかったが、どうも、ゆるい。
初日・二日目と、頻繁に便意をもよおした。
三日目は、朝から予防の為服用。

 排気ガスが酷いと聞いていたが、それ程でもなかった。
マスクは必要なかったが、たった一回ホーチミン記念館への
往復の橋の上だけだった。
その時、マスクはホテルの引き出しの中、ツイテナイ。
排気ガスをもうもうと撒き散らしながら何台もトラックが通っていく。
その時だけは、タオルで口を覆い、首に回して後ろで結んで歩いた。
目も痛くなりそうな往復800メートルだった。
帰ってから、目薬を点眼。

 バイクに乗った女性がマスクしていたのは、
排気ガス対策というよりは、
日焼け防止対策だったのではなかろうか?

 ミンさんのバイクから降りる時、右側から降りてしまった。
ふくらはぎが、熱せられたマフラーに接触。ヤケドしてしまった。
あっと言う間に赤くなった。
 ホテルに戻って、トイレの蛇口からペットボトルに給水して、
患部に水を何回もかけて冷やしたがダメ。水膨れができた。
ヒドイ部分はカットバンを貼ってしのいだ。

 肩こりや歩きの疲労回復にと持っていったのが、アンメルツ横よこ
これは、効いた。効果抜群。健脚のT氏も、旅行中、1回だけ使用。
でも、一番キイタのは、帰りの眠気を催す車中で
眠気防止用に塗った時かもしれない。

 薬関係で使わなかったのは、風邪薬と胃腸薬だけだった。
ま、これは、使わないことにこしたことはないからね。

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報道する側の都合で、キャンペーンのように
同じ事件や事故について、大量に報道されることがある。

秋田の小学生殺人事件がそうだったように、
視聴率が取れると思えば
形振り構わぬ取材攻勢と報道の嵐が吹いていく。
そして、被害者・加害者・近所の人に
多大の傷を残して去っていく。
ハゲタカさながらに。

そして、今、飲酒運転である。
遅すぎたくらいの報道ラッシュである。
飲酒運転による死亡事故や大惨事など
これまでだっていくらでもあったのに
福岡の事故は、あまりにも痛ましい惨事だった。
でも、ただそれだけか?

公務員が起こした事故ということで、
連日、公務員が起こした事故はないかと
警察番の記者達は鵜の目鷹の目で嗅ぎ回っているのだろう
昨日もありました
今日もありました と 報道は続くのだろう。

分限について、処罰の厳罰化を図る自治体が増えるとの事。
結構な事だ。事故とはいえ、人を殺したのだから。
道路交通法違反にプラスして懲戒免職も含むとなれば
二重の罰を受ける事になる訳だ。
刑事事件の他に、民事事件としての損害賠償もあるなぁ。
加害者が、無保険だったらどうなるんだろう。
失職した奴に、民事の賠償能力は皆無だろう。
懲戒免職は、当然、退職金も年金もパーにすることでもある。

ところで、民間の会社員が飲酒運転で
死亡事故を起こしたら、懲戒免職になるのだろうか?
もし、公務員にだけ適用されるのなら、ダブルスタンダードだな。

連日の報道を見ても、飲酒運転を止めない全ての人よ
想像してみてくれ。
悲しむのは、被害者の遺族だけでなく
加害者である自分の家族も であることを。

アッシは、ほとんど酒を飲まない。
年間30日くらいだろうか。
量はそこそこ飲めるが、晩酌はしない。
職場の親睦行事や友人と年に数回、あとは盆と正月くらいである。
酒は、この世に無くとも良いとさえ思っている。

タバコの害について、随分喧伝されて久しいが、
嗜好品ということであるなら、酒もそろそろ
今のタバコに対する世間の扱いと同じような
扱い方されてもいいと思うけどね。
家庭内暴力・ドメスティックバイオレンス・児童虐待
酒で引き起こされることのなんと多いことよ。
タバコ同様、酒は、肝硬変・ガン・脳卒中etc
国民医療費を増加させていると思うけどな。

日本は、お神酒という言葉もあるくらい、酒に甘い社会である。
地域にいても、酒を飲まないと済まないことはたくさんあるが
酒も、タバコ同様、百害あって一利なしの存在だと
認識すべき、時期に来ているのではないだろうか?

路上にて の巻

迷宮の入り口は、ぽっかりと口を開けているのだが
入っていく勇気は、なかった。
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9月2日(土)帰国前の午後の時間を過ごそうと
歴史博物館に向かう途中。
現地の人の行きそうな、店が並ぶ通りを抜けていく自信は無かった。
こうして、遠目から、写真に収めて通り過ぎただけである。
国旗が飾られている。建国記念日である。
この迷宮に入れるようになるには、まだまだ、時間がかかりそうだ。

.... 続きを読む

バイク・バイク・バイク の巻
IMGP0434.jpg

ストリートを歩くことが、日を重ねる毎に
楽しくなっていった。特に交差点。
横断歩道を歩くことが、こんなに楽しい と
思ったことはついぞなかった。
初日、おろおろしているうちに横断チャンスを逃し、
バイクの群れが来ない時をみはからって、こそこそ 渡っていた
ブーとかピピーとか警笛音を聞くと足がすくんで
立ち止まってしまったりして
かえって危ない事を、体で理解し始めると しめたもの。
同じスピードで、緩まずに歩いて渡っていくと、あら不思議
しっかり渡りきっているではないか
味をしめて、何度も、バイクの群れと戯れる。
これは、おもしゃいぞ!
警笛音は、心やさしい彼らが、君を見てるよ、
君に気付いてるよという合図だったのだ。

三日目、ホーチミン記念館からの帰り道
ポツ ポツと雨がぱらついて来た。
すぐにも、スコールになりそうなので、
リュックから、ポンチョ代りのレジャーシートを取り出し
頭にかついで歩き始めたら、
通りに座っている現地の人が、笑ってこっちを見ている
準備のいい奴だと思っているのか、
アホなやっちゃと思っているのか
格好にはかまっていられない。ズブ濡れになるのはイヤだ
(というより、日本から持参した装備品を
 薬以外は使ってみたかっただけ です。)

少し行った大きなビルの角で、
母娘と思しき日本人女性二人が、地図を開いて難渋していた。
親切心を起こして、
「ホテルに戻る道筋だから、途中まで一緒に行きますか?」と
声を掛けたら、
現地の人ですか?日本語上手いですね!」ときた。
ちょっと・ちょっと「僕は、日本人の旅行者です。」
「え?。慣れてますね。現地の方かと思った。」と母娘
そんなに溶け込んでるんかい、アッシは?
「ご出身は、九州の方?」とまたも母親氏
僕の出身地は、どうでもいいでしょう。
はよ、目的地に行かないとヒドイ目にあいますよ?
と心につぶやいて、「行きましょう。」と引率したのだが。


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30年 の巻 その3

 8月30日(水)
 市内観光で、戦争証跡博物館に約2時間近くいた。
 普通、美術館や博物館は、撮影禁止である。
 しかし、ここは違う。どこでも、撮影OKなのだ。
 そして、その中の一枚がこれ。
IMGP0233.jpg

 有名な写真(アメリカのピューリッツァ賞受賞)の下に、
 子供を抱いた母の姿の写真が掲示されている。
 裸で泣き叫んでいる中央の少女が、母になった姿である。
 肩には無残なケロイドがしっかり残っている。

 何を書かなくとも、説明文無しで、
 アメリカが行った非道を告発し続ける1枚
 何故 此処は 写真撮影OKなのかの理由が分る場所でもある。
拷問部屋もそのまま、しっかり建物ごと残されていた。
 まさに、戦争証跡 の場所なのだった。

 これでもか、これでもかと あざといばかりに展示が展開されている
 ベトナムが孤立して戦っていたのではないことも展示されている
 その中には、日本の新聞記事や各政党のプロパガンダもあった。
 そして、KYOICHI SAWADAの 写真も
 

.... 続きを読む

マイブログにリンクさせて頂いている、みんとさんから
バトンが回ってきた。
みんとさんは、おかみさんから回ってきた。
重症のイヤと言えない病のアッシは安請け合いしてしまった。

中身を見たら、過去問なのね。う?む、マジ辛いかも。
とりあえず行ってみようか。。。
かなり外した答えになると思うけどカンベンな、みんとさん
なお、バトンは後には続きませんので、よろしくね。

昔バトン

1.あなたは昔、何系でしたか?
  イジ系(意地 いじけ いじめ いじわる )
  後の二つは、受動態・能動態どっちもかな。

2.あなたは昔、習い事をしていましたか?
  近所の習字塾 あんまり上達しないもんだから
 母親から辞めさせられた。それ以来、塾という言葉に
 拒否・拒絶反応を示して今に至る
 この言葉の記憶があるから、結婚して子供ができた時
 子供は誉めておがそう(育てるの山形弁)と妻と決めて、
 子供達に接してきたつもりです。
 結構、傷ついたよね あの母の言葉は。
 40年前だけど、リアルに覚えてるもんな。
.... 続きを読む

連日、ベトナム旅行記を書いている。
今日も書いた。

読み続けて下さった方々は、もう、お気づきのことと思うが
やっと、写真の大きさを調整できるようになってきたのです♪

「縮専」のソフトはホント、出来がよろしく
知らない自分はなんなのよ と いうくらい
圧縮サイズが様々あったのでした。
ブログに載せられる大きさは 800×800位まで
これで、過去記事の写真もかなり修整がききます。

これで、切り取りが出来るようになるともっといいのですが・・・
それは、これからの宿題 ということで
IMGP0290.jpg


.... 続きを読む

 30年 の巻 その2
 30年という時間の長さを、どう捉えるかというのは
人それぞれだろうが、一つの王朝が興って、倒れるには
十分な時間である。
 
 半島国家の宿命か、地政学的な政治運営の難しさは
歴史博物館に行ってみて良く判る。
9月2日(土)の午後の行動で最初に訪れたのがここ。IMGP0416.jpg
歴史博物館の建物
朝鮮半島もそうだが、嫌でも大陸の大国との交渉に巻き込まれる。
中国王朝の直接統治時代があり、
冊封(中国王朝からの王としてのお墨付き)を喜んで受け入れた時代
抵抗独立の時代がある。

 モンゴル・元に対する抵抗時代は、日本の文永・弘安の役の
時代に丁度重なっている。元寇を受けたのは日本だけではない
ことを改めて知る機会となった。
井上靖の「風濤」は、元に翻弄される高麗王朝の物語であるが
日本もベトナムも時の政権は色々な・大きな影響を受けていた訳だ。

CIMG1244.jpg
開館は13時30分からとか。昼食を食べてから再訪することとした。
.... 続きを読む

 IMGP0423.jpg
ホーチミン作戦博物館 外に展示されている米軍機の残骸から見る近代高層ビル 
30年 の巻20060911171544.jpg
若き日の胡史明(ホーチミン)
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晩年の胡史明(ホーチミン)
 ベトナムの独立記念日は 9月2日である。
 たまたま、この日を含めた期間に、初めてベトナムを旅行することとなった。
 ただの、偶然だが、感慨は一入である。
 なぜ、9月2日が 独立記念日 なのか。
 東京湾上 アメリカの戦艦ミズーリ号
日本が、降伏文書に調印したのが
9月2日なのだった。
その日をもって、公式に、日本のベトナム占領は終了した。
もっとも、各地の解放は、8月中に着々と進んでいた訳だが・・・

 8月15日は終戦の日と思っていたが、
 公式に、戦争状態が終結した のは 9月2日 だったのだ。

 ホーチミン市は、統一後 サイゴンという名から
建国の父 ホーチミン の名を取って、改名された訳である

 日本で戦後といえば1945.8.15以降だろうが
ベトナムの戦後は、3回あるのかもしれない
1945 対日本戦   勝利 すぐ、旧宗主国としてフランス介入
1954 対フランス戦 勝利 すぐ、フランスに替わりアメリカ介入
1975 対アメリカ戦 勝利
 ホーおじさんと国民から慕われたホーチミンは対米戦勝利を
見届けることなく1969年9月2日に死去した。
奇しくも独立記念日が命日になったのである。 IMGP0369.jpg
洞窟内で作戦を練るホーチミンのジオラマ

.... 続きを読む

ナンデヤネン」 の 巻 CIMG1171.jpg

 買い物が苦手である。 日本でも値引きなど一切しない
 うるさく付き纏われるのもイヤだ そんな奴が買い物をすると・・・
 
8月30日(水)現地初日 クチトンネルから市内に戻って
 午後は、市内観光 まず最初に訪問したのが漆工房の直売所
 そこで、いかにもやっつけ仕事の扇子 を手渡された
 訪問記念のプレゼントらしい。これが意外と便利。パタパタと風を送るだけで、ちょっとは涼しい

 店内を見て回る。 来た・来た さっそく アオザイ着たお嬢さんたちが、「オニイサン ナニ ホシイ」と
声を掛けてくれるのはいいのだが、品物選びに、集中出来ない。
 ま、「オニイサン」 だから許そう。
 バリみたいに 「シャチョウ」 と言われるよりはいいか。
 外は、先刻からスコール ジャンボな傘で、
 車に移動 雑貨屋に向かうIMGP0230.jpg
後ろ姿はT氏とココナッツジュースのお二人
雑貨屋という名前にしては 大規模な土産物のお店 といったところか
2階に、お茶とお菓子が置いてあり、喫煙も出来る
買い物もそこそこに、お菓子とお茶をゴチになりながら一服。
しかし、情報はしっかり頭に入れといたぞ!
 妻と娘から、お土産は「こんな感じの」と指定されていたのが、
籐のバッグ  あのタイプは20万ドン、こいつは35万ドン
 ふ~ん でも ここでは買わないもんね。他所を見てからだな、うん。

ベンタイン市場に移動。17時まで5番入り口に集合
ということで、各自 一斉に、市場に散っていく。
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 あちこちから、「オニイサン ナニ ホシイ」と例の声が掛かる。
 イラナイ 要らない と 冷た~く 手を 横に振ると
ナンデャネン」と返ってきた

 一旦 市場を突き抜けて、外周の鮮魚を売っている場所をブラブラ
 果物を売っている場所の方から再度市場内に曲がり、
とある籐製品の店で、T氏が 値切りの掛け合いを始めた。

 結構 カワイイ感じの売り子であるが、ありゃりゃ
発音が まるで 関西弁
 「ソンナンジャ、イミナーイ ワタシアカジ」とかの台詞が・・
 それでも、T氏は、値引きに成功
 籐のバッグを 18万ドン でお買い上げ~。

 集合場所に早めに着いたのはいいが、あと2人来ない。
 既に来ていた二人組みのお嬢さん達の 買い物の量にビックリ。
 「これで、千円 かかってないんですよ」と そのうちの一人が
のたもうたのに 二度 ビックリ。

 「値段のスタートは、半値からってガイドブックに
書いてあったので、そこから交渉始めました♪」だと。
 なんですとぉ?。じゃ、アッシの買ったシャツは
4ドル以下かい。   

.... 続きを読む

AROUND THE CITY の巻
 夕食が楽しみである。一番ゆっくりと食べ、翌日の活力になる 
 8月29日 日航の機内食
 8月30日 船上レストラン
 8月31日 ベンタイン市場の屋台(27番)
 9月 1日 統一会堂のそうとう北側の中華料理店(上海) 
 9月 2日 ホテル近くのカフェ          だった。

船上レストランのディナーの写真である。
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海鮮鍋の汁を残し、残しておいたご飯を入れてオジヤにして食べた。
正解・最高!
市場の路上には、屋台がズラリと並ぶ
準備は、市場が閉じる前、17時位から始まっている。
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 路上で仕込むのを見ていると、ちょっと辛いものがある。
 肉や野菜を切る、あの飲めない水で洗う・・・・
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 しかし、開店すると徐々に来客、やがて大盛況である。
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  の 物 語 の巻
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 今日は、メコン川 と サイゴン川
 333ビールより高いミネラル水 
 そして 雨季特有の スコール  水にまつわるお話 について

 現地2日目・8月31日(木)は、
 メコン川クルーズで夕方までの時間を使ったIMGP0278.jpg
メコン川の上流を望む


 ホーチミン市から乗船場のあるミトまでは、バスで約2時間。
 ツアー参加者も多く28名の大所帯だった。皆 日本人である。
 ガイドはホア(和)さん

 メコン川 とにかく広い ミトの乗船場からゆっくり下る
 途中何ヶ所か中州に立ち寄る。
 乗船・下船を繰り返し、蜂蜜製造所やら飴製造所やらに立ち寄った
 ローヤルゼリーを一匙 米の酒を猪口一杯なんてやっていると、
 かなり 色んな意味で 利いて くる。
 口に入れるもの、入れるもの、
みんな 有名な精力剤 ばっかじゃあねえか!

クルーズの〆は、クリーク(メコン川の何百もある支流)の船旅 
 本流の船着場までの、長さ2k位の細流を
 手漕ぎの4人乗り小船で移動してゆく。

 漕ぎ手は前後に一人づつで二人。
 オジサンとお姉さんの組み合わせもあれば、
 オバサンとお姉さんの組み合わせもある。
 アッシとT氏は、ココナッツジュースのお二人と一緒になった。
 今は引き潮で、水深は1m50C位IMGP0295.jpg


 満ち潮の時は、海から海水が逆流してきてもっと深いとか。
 宮本武蔵が巌流島で使ったような長めの櫂を
 川底に突き刺したり、流れを漕いだりしながら 進んで行く。
 用意されていた笠をかぶって約20分位の船旅
 川中に設置された桟橋に、乗ってきた船が待っていたIMGP0299.jpg


 乗船場に戻る途中、あれが米軍の海軍本部だった建物だと指差された
 背景に立派な鉄塔が見える。通信用の巨大アンテナだった。
 今は、ホテルになっている
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愛しき ハエ と アブ とのキャッチボール  の巻

 今日は、ベトナムの NAM のお話。IMGP0264.jpg
メコン川クルーズを案内してくれたホア(和)さん

 歩き疲れ、公園で休憩しようと、ベンチに座って一服。
日本から持参した携帯用灰皿
(キャップ付き缶コーヒーの空き缶)を空け、シュポ、フ~。

ガイドブックや地図を取り出し、現在地確認や説明を読もうとするが、
おちおち、読んでいられない。
 ハエのようにポン引きがやってくる。振り払っても、振り払っても、
群がってくるハエさながらである。逃れるには、
衛生的な場所(ホテルの部屋とかお店)に避難するしかない。
 オオムネ、むさくるしい風体で、ただの物売りかと思いきや、
日本語の放送禁止用語が、ポンポン飛び出してくる。
 T氏と二人連れで歩いていると、声を掛けられるのは、
必ずといっていいほどT氏である。
 それも、当然、こっちはサングラスをかけて目線が何処にあるか判らないようにしているし、
 無視するぞ!という気があたりに発散していたのかもしれない。

 旅慣れたT氏は、彼らを 軽く、捌いていく。応対しても、そう長くはならない。ひやかし・からかい、彼らとの遣り取りも それも、
これも旅の内、という感じで、悠揚迫らぬ風情である。
 いいなぁ?。よし、俺も・・・・
 初日・二日目と完全無視を決め込んだが、慣れというのは恐ろしい。
 せっかく異国に来たんだし、ちょっとからかってやるか
 という気になった
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 と   の巻

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ホーチミン記念館のトイレの扉に NAM と NU と
書いてあった。 男 と 女 である。
 今日は、ベトナムのFLOWER と NU について

とにかく、カワイイ感じである。黒髪がいいなぁ。
金髪幻想はとうの昔、高校時代で卒業していたが、
(金髪おなごを嫁にする会というのが、母校にあった)
今回のベトナム旅行で、その感をより一層強くした。
やはり、碧の黒髪が一番である。
茶髪も、ちょっと遠慮願いたい気分になってきていた。うん。

トリックの山田直子のような ヒンニュウ はほとんど見かけない
民族的にハト胸なのか?胸の谷間も立派である。

民族衣装のアオザイを着た
ベトナム女性は、
立ち姿も美しく、
とても、
スマートに見える。IMGP0468.jpg
    タンソンニャット空港出発案内にて

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帰宅途中の高校生、メコン川クルーズで上陸した中州にて
 中学生と高校生は、白のアオザイ姿が制服とか。
 ほとんど、シャッターチャンスを逃した映像だが雰囲気は出てるか?

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 旅の基地 ASIAN HOTEL の巻

 宿泊したのは、ASIAN HOTEL 
 ホーチミン市のメインストリート
 DONG KHOI通りの北角に位置している

 このホテルが、今回の旅の基地になった
位置としては、極めて便利な場所にあった

 北に 中央郵便局と聖母マリア教会 歩いて5分
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聖母マリア教会

 西に 人民委員会庁舎まで3分
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人民委員会庁舎

 南に 市民劇場まで2分ベンタイン市場まで15分位
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市民劇場
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ベンタイン市場

 初めてのベトナム行き、主な所をまず見てみよう と考えていた


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サイゴン川の朝焼け9月1日(金)の午前5時過ぎです

 ワン ツー スリー FO~ の巻

 時系列的な旅行記にはしたくないと思い
思い思いのまま、写真と組み合わせて、何回かに分けて
アッシの「ベトナム旅行記」にしたいと思います。

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メコン川にて乗船前のアッシです。
着ているのはベンタイン市場で買ったシャツ。

 では、第1回は「ワン ツー スリー FO~ 」の巻
始まり、始まりー

 ベトナム行ったら何食べる?
 やっぱFOでしょ、春巻きもおいしよねなんて、声が聞こえてくる。

 で、1回目は、食べ物
アッシは、出されたものは、「文句を言わずに食べろ」と教育されて
味についてのウンチクはないから、写真で勝手に想像してね!

ワン ASIAN HOTELの朝食1日目
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ツー 同じ日の昼食も
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スリー 三日目の朝食も 何故か FO? でした。
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 帰ってきました。

 帰りの飛行機のフライト時間より
 成田→山形400キロの、国道及び高速道路の
移動の方が疲れました。

 成田→山形400キロ移動往復は
T氏の車で、運転はT氏 only。 ホント申し訳ない。
 眠気と戦う6時間、お疲れ様でした。

 友人のT氏との酒飲み話から始まった今回のベトナム行き。
 長期の旅の先達、T氏の健脚と、睡眠を取るうまさ、
タフさに、脱帽でした。

 明日から、写真を整理しながら、4泊6日の旅を?回に
分けて 報告します。

 今日は、これにて、オヤスミなさい。gu zzzzzzz


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