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 アフィリエイトに挑戦したら、テンプレートを変えたくなった。
 変えたプレートのプラグインを操作したら、出したいところに
出したい物が出てこない。

 色々いじっていたら、どんどん、へんてこりんになっていく。
 友人からは、「記事が消えてるよ。」とメールが来るし。

 こんな調子で、週末の二日間を過ごし、膨大な時間を浪費しつつも、うれしいことがあった。
 立ち上げに協力してくれた友人以外の方から、コメントが届いていたのだ!。

 そのコメに気づいたのは、悪戦苦闘の真っ最中。
 ふと、画面の隅に目をやると、コメが1個増えていた
ことに目が止まった。

 作業を中止。コメを読む。まさに、干天に慈雨の心地がした。

 返事をすぐに書いて、ふう~と一服。
 しばし、コメをもらえた感激に浸っていた。

 悪戦苦闘はなお続くが、あの感激を忘れずに、より良いブログになるようガンバろう。

 今日の教訓 「初心、忘るべからず。」

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昨日、梅雨明けに浮かれていて、
肝心要の「ゲド戦記」の感想を書くのを忘れた。

映画の根底に流れるのは
生きることと、死ぬこと
終わりがあるから、生は、儚く美しい。
生死一体ということなんだろうけど。

空即是色、色即是空
 目に見えないこと

 眼前に展開するこの世の出来事、目に見えるもの

般若心経の世界だね。
お経にしては文字数も少なく、写経する人も多いようだ。
「空と色とは同じである」とお釈迦様が申されたと
弟子が書き残したのが心経。
少ない文字数で表現しているのは、
高遠な宇宙や、世界観、死生観であり人生観であるようだ。


今、の時代だからこそ、敢えて問う生死の問題というところか。
テルーが、実体に取って変わったアレンの影に言い放つ
「いのちを大切にしない奴なんか大嫌いだ」の台詞に
尽きるか。
「見えぬものこそ」

アニメ映画としては、オヤジの作品を観慣れた目からは、
ちょこっと、食い足りなかったかな。

もののけ姫で、宮崎駿さんが、ズバッと
「生きろ!」と描いた様な時代じゃないか?

キャラとしては、その1でパンフからアップした
 小悪党のウサギ
ナウシカのクロトアみたいでしょ。
.... 続きを読む

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9時ちょっと前に起き出した。
外を見ればどんよりしたままで、
雨もパラついていた。
そんな空模様なので、家族4人で
「ゲド戦記」をソラリスに見に行くことにした。

お昼過ぎの2回目。
空はあいかわらづ、どーんよりの曇り空。
でも、西の空がちょこっと明るかったので、
もしやと思っていた3時間後、
映画館から出てきたら、
目を開けてらんないくらい
眩しい太陽の光が降り注いでいた。

梅雨明けだ!
やっと、夏が来た!!。

海だ、プールだとはしゃぎたいのは
なぜかオヤジの俺だけ。
子供たちはいたって冷静なのである。

なかなか、梅雨が明けない今年の夏。
山形の7月はほとんど雨。
明日も雨予報。

海にも、山にも、プールにも行く気になれない。
そこで、子供たちを連れて、「ゲド戦記」を
見に行くことにした。

1日5回の上映、さて、どの時間帯に行こうか?
明日は初日。混むんだろうなぁ?。

映画館ソラリスは、全席指定のシネコンだから、
早めに行って席を確保し、いったん家に戻り
時間になったら再度出撃のパターンかな。

去年の夏は、鳥海山に親子4人で登りにいった。
娘、中一。息子小二。
鳥海ブルーライン(かつては有料、現在無料)の県境、鋒立の駐車場に車を乗り捨て、御浜小屋・千蛇谷経由山頂往復。大人の足なら日帰り可能なコースだが、息子の足を考え、一泊二日の行程にした。
息子は、この登山の体験記を夏休みの自由課題にするつもり。
鋒立の駐車場から速い人なら1時間30分、中1本で御浜小屋に着くところを、3時間かかって中4本で到着。予約もなしにこの時期によく来たなと言われ唖然。そんなに人気してるのか?13年前はそれほどでもなかったのに。行かれる方は宿泊日の状況を確認されると良いと思う。あたりが暮れなずみ始めた頃夕食の準備開始。
飯を炊き、炊き上がったら湯を沸かし、レトルトのカレーを温め、
ウインナーそーセージをボイル+缶詰二種類のいたって簡単な夕食。
降るような星空を子供たちに見せたかったが生憎曇り。
遠く、日本海でイカ釣り漁をする漁船の明かりもあまり見えなかった。
翌日早朝、空は前日までの雨模様が嘘のように晴れ渡った。大荷物を小屋に預け、ナップザックで出発。小さいながらも水筒やお菓子雨具等少しずつ荷物は持たせることにした。千蛇谷へはいったん下る、途中鎖場が有り注意して下る。帰りの登りより、行きの下りは要注意。
谷には、雪渓が、かなりの大きさで残っており、雪渓を避けて登山道を行く。後続に次々抜かれていくが、気にしない。
こっちは、小二の子連れである。
千蛇谷を行くと山頂は、目前にずっと見えているのになかなか着かないという感じになった。一歩一歩確実に高度を稼ぐうちに大物忌神社に到着。山頂は、岩峰の集まりで、ペンキで経路が示してあるが七五三掛方面から来た時より時間がかかった。
帰りは、子供たちは相当疲れたのか泣きそうな顔をして下っていた。
下りは運動ズックではやはりキツイようだ。娘はトレッキングシューズだったが、サイズが少し小さくなって足が相当痛そうだ。成長期の子供の成長を把握しておかなかった親としての自分の責任を痛感しつつもガマンして目的地に戻るしかない。
下りの最後近く、滝見台の傍で、ブロッケン現象を見ることが出来た。
午後3時半過ぎ。足の痛い二人は、ブロッケン現象どころではなかったようだ。
駐車場に着いて車の側に荷物を降ろしたとき、娘がワット泣き出した。
よっぽど、辛かったんだな。
 娘の足に会うシューズも買ったし、
 息子は姉のお古がちょっと大きめくらい。
 今年は、月山にでも行こうか。




行程のタイムスケジュールは以下のとおり
.... 続きを読む

 今年の梅雨はいつ明ける?
 山形は、夏休みに入って1週間経つのに、連日の雨。

 今日、久々に太陽が照りつける一日になったが、予定が立たない。
 それでも、キャンプに行こう。
 キャンプ生活は不自由なことが多い
 それだけに、子供の経験値を上げる絶好の機会。

 自分たちも子供のころ、こんなに便利に楽になってと言われたものだが、
自分たち以上に僕らの子供たちは便利で、楽な世界に生きている。

 そういう世界を造ってきたのは、僕ら大人なんだけど、だからこそ、
色々な、日々の生活では経験出来ないことをやらせたい。

 僕は、小学校の3年生まで山形市内に住んでいて、
セミとか捕まえたことがほとんどなかった。

 市街地にあった近所にはセミの鳴き声は聞こえても、
とまっているのは高い高い木の上で、一人で捕まえることはできなかった。

 3・4人まとまると、虫取り網に棒を継ぎ足し継ぎ足ししたものを、
その3・4人で支えながら、目標を目指したものだが、めったに捕まえられなかったし、
少ない獲物は、ガキ大将が持っていった。

 自分にお鉢は回らないのである。
 

.... 続きを読む


アメリカから見たベトナム戦争に関する映画は、いくつか見ている。
反戦的視線から、または、全米銃協会ご推薦ものも。
ディアハンター バックに流れた「君の瞳に恋してる」が耳について
        離れず、カラオケの定番になっちまった。
地獄の黙示録 当時付き合ってた彼女から勧められた1本
       キルゴア大佐役のロバートデュバルが印象的
       マーロンブランドは、さすがの貫禄
プラトーン  見たときはショックだったけど、頭には残らなかった。

ハリウッド映画が、最近、つまらなく思えるのは、
全米銃協会ご推薦ものが多すぎること。
何かといえば、ドンパチ始まる。銃・暴力・セックス
そして、どんな話であれ最後は正義は勝つみたいなのばっか。
最近見たのは、子供と一緒に行ける、ディズニーのアニメや御伽噺のたぐい。
「ラストサムライ」が良かったのは、真田や渡辺ら日本人出演者が
役の他にも、時代考証や衣装、デザイン、etcに関わっていたからかな。
小5の娘と見に行って大泣きしながら見てたっけ。

ベトナムから見た戦争映画も1・2本見ているはず。
が、記憶定かではない。


 7月29日で期限切れとなるパスポートの更新手続きを先日済ませ、
新しいパスポートをもらって来た。
 新しいやつは、ICチップが入っているとかで、
「折り曲げないでくださいね。」と事務所のお姉さんに言われた。

 これから10年、何回、海外に行けるか分らないが、確実なのは、
今回のベトナム行きと、3年後の10月あたりにオーストラリアに行くことだけである。
 ダービー当てて、もう2・3回は行ってみたいものだ。


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 カリブの海賊三部作の二作目、デッドマンズチェストを見てきました。
 ハラハラ、ドキドキもさせられたけど、とにかく笑えました。
 ジョニーデップのキャプテン・スパロー、
相変わらずいい味出してましたねぇ。
 オイラは、オーランドブルームより、ジョニーのFan。
 三部作完結編は、「来年5月公開」なんて本編開始前の予告で出てたぞ。
 今から楽しみ。

 必見だよ。

 自分の命は、自分で守る 足腰命

 山形にも、鳥海山・月山・蔵王山・飯豊連峰・大朝日岳・吾妻連峰と百名山に、六座載せられている。いずれも良い山々である。
 特に前の三つは、コースによっては、日帰り可能。健脚なら半日というのもある。
 百名山ブームにあやかって、旅行会社もツアーを組むようになった。どのツアーも大盛況のようだ。しかしである。二十台ならいざ知らず、わき目もふらづに頂上へ。そして、慌しく下山し、次のピークへの繰り返し。ピークハンティングも結構ですが、ちょっと急ぎ過ぎではないでしょうか。時間も(お金も?)ある中高年。ゆっくり生きましょうよ。
山形の鳥海・月山・蔵王二泊三日のツアーが、あったそうな。
そのツアーで、二日目、月山の下山中、足を挫いた参加者の一人を、
携帯で防災ヘリ呼んで下界に降ろしてもらい、残った一行は次の目的地蔵王へと移動したそうな。命に別状ないなら、ヘリ呼ぶな。
動けなくなった仲間は担いで降りろ、です。
ツアーは、個人の集まり、同行者は仲間ではないのですね。
ガイドの質も、数も問題でしょう。旅行約款には、自己責任とかなんとか書いてあるんでしょうねぇ。山岳ガイドは、旅行の添乗員とは、違うと思う。不測の事態に対処出来る添乗員であって欲しい。怪我した人はお荷物だから、現地の救助機関におまかせして、自分達は山行を続ける
とは・・・・・。開いた口が塞がらない。参加人数に合わせたガイドの数も必要だろうし。自分のレベルに合った山行なのかを、参加する人も良ーく考えて欲しい。
天候の急変、高温、風、雨、雷、足場の悪い登山道・・
不測の事態が起こる要因はそこらじゅうに転がっています。
捻挫、骨折、切り傷擦り傷による出血。事故の多くは下りで起きています。 
 
.... 続きを読む

 私にとっての有馬記念は、自分の本命が骨折により競走を中止するというハプニングで始まった。
そう昭和54年、グリーングラスが有終の美を飾ったあのレース。
実は、デュールとフラワースウィースの仔,本命ビンゴガルーの骨折・競走中止でレースをまともに見てなかったのだ。
 グリーングラスは、このレースに勝ったことにより、3強の仲間入りが出来たといっても過言ではなかろう。
 昭和51年優勝 4歳(今の3歳)トウショウボーイ
 昭和52年優勝 5歳(今の4歳)テンポイント
 そして、Tボーイが引退、テンポイントが骨折長い闘病の末死亡した
2年後、7歳のGグラスがメジロファントムを鼻差抑えての優勝。
 しかし、私の関心は、ガルーの容態だけだった。
 幸い、安楽死処分にもならずに種牡馬として再起出来たのは3月程後のことだったと記憶している。
 「こんどこそ、ガルー」の皐月賞、馬券は買っていなかったけど、そう思っていた。
 絶対的スピードで逃げて東京4歳S・弥生賞・スプリングSを連勝した星野リキアイオーと岩城カシマセイカンの無謀な鼻争いに巻き込まれず、先行抜け出して後続のカツラノハイセイコ以下を押さえて勝った
小島太とガルー。
 淀の坂はゆっくりくだらなければいけない。早いのか、遅いのか、
これでいいのかビンゴガルー。
 ハシハーミットの強襲、ハシクランツにも抜かれ3着だった1番人気の菊花賞。
 そして、有馬記念。心情馬券の最初のレースが、昭和54年、この有馬だった。



 30年来の友人T氏と酒を酌み交わしつつ、
とりとめのないことを話していた2ヶ月ほど前のある日の夕刻。
 とりとめのない話が、いつしか、沖縄や日本や東北の歴史、
そして旅の話に転がって、大いに盛り上がり、

 俺「ディエンビィエンフーには一度いって見たい。」
T氏「それじゃ二人で、ベトナムに行ってみないか」
ということになった。

 酒の席の約束など、ふつうは翌日ケロッと忘れているものだが、
ベトナム行きだけは妙に、頭の隅にひっかかっていた。

 しかし、実現するにはあまりにも障害が多すぎる。
妻をどう説得したものか。自分だけ海外旅行行くなんてズルイ
とかなんとかグダグダいわれそうだし・・・・。
旅費は?、小遣いは?・・・

 その日から二週間程、妻に旅行の話を切り出せないでいた。
友人からは「旅行の件どうなった?」と心配になってメールが届くし・・・・。

 ウジウジしながら更に2週間経ったある日の夕食後、思い切って言って みた。
俺「Tと二人で10月あたりにベトナムに行ってきたいんだけど・・」
すると、なんと、いともアッサリOKが出たではないか!
やったーこれで行ける

そこからはトントン拍子で話が進み、8月29日出発、
9月3日帰国、機中2泊の4泊6日でサイゴン中心に見て回ることになった。

 旅の結果は、帰国してから報告させていただきます。

あー。デジカメ欲しい。ほんっとに我が家は今まで
デジタルディバイスもいいとこだったのです。

 あー。デジカメ欲しい。ホンとに欲しい。よし、買うぞ。

テーマ:日記 - ジャンル:日記



 競馬にのめり込んで27年、途中中断もあったけど、
無事?馬券オヤジの年齢まで競馬を愛し続けることが出来た。

 家計を破綻させることなく、人格を破綻させることなく、
数々の名馬を見てこられた。

 今は、社会人となりネクタイを締めて通勤する毎日だが、
ネクタイの締め方を知ったのは、C大1年の時、
東京競馬場の警備員更衣室だったと記憶している。

 確か大学の体育会系部活(ワンダーフォーゲル部)の
先輩から回ってきたバイトだった。

 交通費・昼食付。一日5000円。
 ネクタイの締め方分らずにおろおろしていると、
仕切り屋の軍曹(バイトのベテラン先輩大学生)から、
「ネクタイの締め方も知らねえのか、どれ、貸してみろ。こうすんだ!」
と言われて、締め方を覚えた事を思い出した。

 さて、東京優駿競走に話を戻そう。
 ここ10年程は、春祭り、秋祭りと称して
福島競馬場に年2回の遠征を行うのが恒例となっている。

 JRAのPATを持っているのに、わざわざ交通費と高速料金をかけ、
自宅から1時間30分のドライブをするのも、
ダービーだからである。
 
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 いやー、ホンとに大ブームっすねぇ。
 でも、ちょっと待ってくれというのが多いのも事実なのです。
 深田久弥氏は、すでに故人です。あの世の氏も、ご自分が世に出した本が、こんなに多くの人々の登山の動機になろうとは思ってもいなかったのでは。
 登山と文筆の一生を氏が終えられたのは、山梨県の山を登山中でありました。小生、叔父に薦められて、この本を読んだのは20歳のとき、今から27年前です。氏は、長い々々登山人生で登られた1500を超える日本の山々の中から、氏の基準に従って百名山を選び文章にまとめられました。
氏の百名山以外は名山にあらず、もしくは登るに値しないかのような
現今の風潮は、山そのもの、登山そのものをこよなく愛し、本を書かれた氏の、望む所ではないと思います。
 百名山に取り上げられた山は、シーズンともなれば、いずこも大賑わいのようです。マナーの低下及び登山常識の無さは、ヒドイものです。そのヒドサについては連載2以下で少しづつお話いたします。

昨日、とうとうインターネットの家庭ユウザーになってしまいました。
時流から、逃げ回っていたのですが、とうとうお仲間に入らせていただきます。
つれづれなるままに、小梅太夫程ではないにしろ、気ままに書いていきたいと思いますので、よろしく。



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