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 初めてベトナムを訪問したのは、平成18年
あれから、10年以上も経ったのか
 40代後半は50代後半になった

 サイゴンからホーチミンに名前の変わった
かつての南ベトナムの首都に3泊4日滞在していた

 その後、6年ほど経ってから、ハノイを訪れる機会があって
ハロン湾にも行くことができた

 かつての国境付近、北緯17度
中部の古都フエやダナンにも
足を運んでみたいと思いながらも
簡単に時間だけが過ぎてきた

 キッカケを掴むためにも、
ここは一発、当てるしかない

 初のベトナム行とパソコン&ブログを始める
キッカケとなったのは、生まれて初めて3連単を
日本ダービーで的中したことだったのだから

って、最後は、そこかいな。
ビョーキですな。


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 慰霊祭の開会前に、山形から持参した千羽鶴の奉納を行う

 この日のために、あの町、この町の遺族会の皆さんが
心をこめて折って糸を通した千羽鶴の数々を
山形の塔の前に設えた献花台に供物とともに奉納する

 いよいよ慰霊祭の開始

 地元沖縄からも、県や糸満市の
援護業務関係の方々が参列していただいている

 開式前に、名刺交換、参列へのお礼を申し上げる

 黙祷、式辞、追悼の辞、献花、拝礼など
40分程で慰霊祭は終了

 地元の方々を見送る
毎年恒例となったリンゴを、土産に持っていっていただく

 会場へは、書類のみ持参し、カメラを持参しなかったので
自分が撮影した写真はなし

 式が早めに終了したので、付近を歩いてみる

 すぐ近くには、三十二連隊終焉の地の碑や真山之塔など

 真山之塔の奥に目を移すと、小さな小さな白梅之塔があった
 
 真山之塔に続き、ここでも線香を供えて合掌する

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 山形の塔で行う慰霊祭の開会は午前11時

 先発隊が、地元の業者さんと一緒に準備をしている

 その時間まで、山形から参加した慰霊団は、
戦跡や慰霊の地を巡る

 「平和の礎」から「ひめゆりの塔」へ
9時50分から10時25分までの見学時間
ガイドさんの説明を聞いた後、
ひめゆり平和祈念資料館へ

希望者のみの入館であったが
全員入館

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11月27日(木)
 朝、8時にホテルを経つ
相変わらず、時間厳守の慰霊団の皆さん

 10分前には皆、ロビーに集合しており
余裕の出発である

 那覇市内から糸満市内へ南下、平和祈念公園へ
 8時50分に到着、ガイドさんの解説を聞きながら
海沿いまで足を延ばす
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 この道は、6月23日の日の出の方向を正確に向いているとか
 モニュメントを設計するとは、そういう事なのかもしれない

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 沖縄のファーストビジット者としては訪れるのはやっぱりここ

 首里城跡 守礼門 沖縄有数の有名な切手にもなったこの門
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 復元されたとはいえ、扁額の文字は古色の風韻が出てきている


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 首里城跡の俯瞰図 文化遺産には敢えて行かなかった
 どうせなら、予備知識も少しは蓄えてから、
自費の旅行で、しっかり、ゆっくり見たいものだ
 
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 那覇空港では現地スタッフがお出迎え
バスガイドは金城さん、どうみても二児の母には見えない
運転手さんは赤嶺さん こちらはベテランドライバーという感じ
 金城といい、赤嶺という沖縄では多い名字のお二方に
まる一日お世話になる。

 空港から走ること30分程で
牛島満中将が自決した海軍司令部壕へ
訪問時間は、今回の旅は、
何処も30分程度の時間しかなかった

 じっくり見てみたい場所ばかりであるが
メインは「山形の塔慰霊祭」 
公式行事の主催者の一人として公務優先であり
じっくり、しっかり見学は、自費でまた来る日までである

 さて、記念館の展示物をみながら、地下壕跡へ
弾痕生々しさが薄れているとはいえ、迫りくるものがある

 次は、首里城へ
 

 11月26日(水)
  就職関連で一時帰省していた娘に送ってもらって職場へ
荷物抱えて入室すれば、如何にも旅に出るぞといういでたちなのではあるが
朝一で部長レクチャー 16時過ぎから行われるNO1レクのための最終打ち合わせ

 先週金曜日のレクで指示されていた修正版のチェックに約40分
3日置いたら気分もかわるのか、あれやこれやと修正指示が出て
出発時間が迫る中、後は補佐にまかせて退出

 護国神社の駐車場で集合した慰霊団の皆さんと
北口バス停前で合流  冷たい雨が降っている
 後で聞けば、夕方には今冬の初雪になったのだとか

 今回の旅は、山形の塔での慰霊祭がメイン行事
県主催であり、バスの中で、課長挨拶なんかをするわけで

 山形からの沖縄行きといえば仙台から那覇へということで
山形道、仙台南部道路、東部道路と経由して仙台空港に10時30分到着

 大震災から3年半、2011年7月以来の仙台空港である
あの時は、周辺の田んぼは泥だらけだった、
高速道路もいたるところひび割れしていた

ドブ臭さも消えた空港周辺 仮説のトイレも無くなり、空港線も復旧した
途中の敷地に山と積まれていた、被災車も見当たらなくなっていた 

 待合室で早めの昼食弁当をとり搭乗手続き即案内という感じで
11時40分離陸 那覇空港には14時55分定刻着陸

 旧海軍司令部壕に15時30分過ぎに到着

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海軍戦没者慰霊之塔の文字は野村吉三郎謹書となっている
海軍大将、日米開戦時の駐米大使でもある
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今日、沖縄から帰ってきた

 明日から、慰霊の旅Ⅱ を書くことに

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 生まれて初めて沖縄に来たわけだが
「平和の礎」に行けただけでも良かった

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 首里城から望んだ夕陽

11月13日(木)
 公式行事は全て終了、いよいよ帰国の途につく
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 それでも、インドネシア国内線、国際線の乗り継ぎで
24時間の旅、機中で夜を過ごすことになる

 朝食を朝、6時過ぎにとって、荷物をまとめ
陽射しの強くなってきた7時過ぎ
 ホテルの庭を歩いてみる

 慰霊団の参加者の方と記念撮影など、
撮影者になったり、撮られるほうになったり
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 8時15分過ぎ、ロビーで一服しながら集合時間までを過ごす
皆さん、山形時間ではなく、5分前、10分前行動で
この日程を過ごされており、最終日のホテルでも
8時30分までには全員集合

 ビアク空港からスラウェシ島のマカッサル空港へ

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11月12日(水)
 午前中の西洞窟陣地跡への慰霊にて

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 うち捨てられた錆びついた武器の数々を
集めて展示している、飛行機の残骸もあった
鋳つぶして他のものに転用することもなく

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 日本軍が使っていた、薬瓶、食器、一升瓶、ビール瓶(キリン)、飯盒などもあった

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 爆撃で空いた大きな穴から光が漏れてくる

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 灯りは、蝋燭の火、この撮影の後、線香とタバコを供えた

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250px-Landings_to_Western_New_Guinea.jpg


ビアク島の滞在は一泊二日で、
実質まる一日だったわけだが
前半は、重苦しく、後半は、それまでとは
うってかわって少しく穏やかな感じで過ごせた

それでも、就寝前から風邪気味で
ルル3錠を二回

喉の痛みに午前4時過ぎに目覚めて、
水分補給、眠れないので仕方なくパッキング開始も
公用携帯が見当たらない
荷物を全部ひっくり返しても見当たらない

起床時間になってから同行の添乗員に電話してもらったら、
なんと、スーツケースの中で、鳴っているではないか

前日はいていたズボンの左後ろポケットの中に
ボタンを留めたうえでしっかり収納されていたのだが
なにせ、携帯は電話は薄い、生地の厚さに隠れて、
ブラインドサイドになって見えなかったのだ

一瞬焦ったわけだが、勘違いで事なきをえる
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 米軍の上陸地点 珊瑚礁の遠浅の海 ただただ美しい海岸である

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沖合に停泊する船 水深が深い場所はこの辺まで
あとは、上陸用舟艇が無ければ上陸はできない
そんな場所であることがわかる

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800px-Biak_Island_Operation_May-August_1944.jpg


11月12日(水)
 マッカーサーのフィリピン奪回の
次の拠点となったのは,、ビアク島
 
 山形県の置賜地方とほぼ同じ広さのある諸島最大の島は
石灰岩質で、いたるところに鍾乳洞がある島

 入り口は狭く中は広い洞窟に陣地を構えた日本軍
そこに、一か月以上連続した空襲による爆撃で大穴を開けて
火のついたガソリンドラム缶攻撃を行った米軍
現地の住民や兵士も多数戦死した場所でもある

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パナイ村にある三国慰霊碑

米軍が最初に上陸を敢行した場所に建っている

ここで、略式の追悼式を行った
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 サルミでの二か所の慰霊が終わって
ジャヤプラに戻ったのが午後2時前

 センタニ湖畔のレストランで昼食を取って
マッカーサーヒルへ

 ここは、現在も軍隊が駐屯し、その家族も住んでいる所
入場ゲートで、パスポートの写しを全員分提示して入場許可を貰って入場

指定場所以外は撮影禁止の場所でもある

ゲートから5分程、ヒルトップの展望台に到着
記念の建物の中に展示されていた写真から
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ホランジア(ジャヤプラ)に上陸したD・マッカーサー

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 11月11日(火)
 早朝4時起床、ジャヤプラのホテルは、海沿いのスイスベルホテル
サルミへの移動開始は5時30分、ロビー集合

 5時に朝食をとるも、コーヒーもそこそこに
出発の準備、お供え物のワンカップ初孫、両切りタバコ、線香
追悼式の次第書、あれやこれやを取り揃えて10分前に待ち合わせ場所へ

 センタニ空港まではバスで45分、早朝なので市内は混まないが
六時半を過ぎるとノロノロの状態に

 ローカル路線とは言え、センタニ空港は発着便も多く混雑している
16人乗りの双発レシプロは定刻の7時半に出発
一時間10分程の飛行でサルミへ
機内では軽食サービスがあって、少し空腹を覚えた身に有りがたい

 空港での歓迎行事、平和友好の碑での追悼式典、
そして国の慰霊碑での慰霊巡拝の後、小学校訪問と
午前中の日程は、順調に進んでいった

 国の設置した慰霊碑は、
この付け根の左(西端)にひっそりと佇んでいた
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